第6競争 豪脚一閃
「……くぅ……お菓子ない」
暴れ出した心臓が落ち着いてきたのに、寝癖なのかアホ毛が立ってる寝起きのエイルちゃん。わざわざ
「エイルすぐに寝ちゃったから。そういうのは早く言ってよ」
「くぅお菓子ない」
「いや。早口で言ってほしい訳じゃなくて」
天然なエイルちゃん可愛いよぉ
お約束の無表情に抑揚なく「お菓子」と呟きながら棚を物色し始めるエイルちゃん
後ろ姿もプリティだし頭ナデナデしたいよぉ
「ニコちゃんは皐月賞の脳内シミュレーションは完璧なの? 」
「まぁね」
火山さんはピースサインを星宮さんに送り立ち上がると
「いつも通り後方からスタートして最終コーナーでマクリ気味に『テネブラエ』は上がってくじゃん。先行してる2番人気の『ブリジャール』を残り200で捕まえる」
おっ それじゃ『テネブラエ』って馬が勝つのかしら
「ボクは『ブリジャール』も相当強いと思ってるから、そっから2頭のデッドヒートになるでしょ『後ろからは何にも来ない! テネブラエもブリジャールも譲らない譲らない 2頭だけの追い比べ!!』」
おぉ 競馬実況っぽい。で、
「テネブラエかブリジャールか、ブリジャールかテネブラエか、先にゴールするのは」
先にゴールするのは??
「あ! エイルっち。ボク、コンビニでポテチ買って来てたから食べる? 」
「ひー。偉い、食べる」
どっち勝ったか言わないのね……無駄に真剣に聞いちゃったじゃない
エイルちゃんも定位置に戻りポテチを皆で頬ぼる
「パドックの時間だな」
タブレットを机に置いて真剣にテレビに目をやる一ノ
何気なしに置かれたタブレットを見ると
競馬新聞で見るような、馬の名前が表みたいに並んでいて◎や▲など色々と書いてある
「
「何の意味があるの? 」
「観客席やテレビから馬体の状態を確認するんだよ」
「馬体の状態って確認出来るの? 調子良いかどうか。って事だよね?? 」
「裸で周回してるから筋肉の出来とか歩様がおかしくないかとか。ま、あたしも細かくはまだ分からないけど、汗たくさんかいてて興奮してるな。とか、馬体がガレる……細すぎだなぁ。とかいろいろだよ」
「そうそう。クラシックは3歳限定戦、人間で言うとボクらと同じ位の年齢の子たちのレースだから、まだ精神的に落ち着いてなかったり、体が出来上がってなかったり、しっかりチェックしないとね」
みんな10代後半くらいってことか。でも、凄い。見ただけでそんなの分かる? 似たような馬が歩いてて馬の色が同じならゼッケンとか付いてないと区別つかないよ
テレビに映る馬を見てても全然違いが分からないけど
周回してる馬たちを1頭1頭カメラが追ってアナウンサーが紹介してると、画面上には馬の名前と体重に性別と両親の名前?が映し出されるんだ
「あれ? 何かさっきから
「あぁ。平地はそっからか。このレースは混合ではあるが、
ふ〜ん 女の子だけのレースがあるなら女の子はそっちに出た方が良いのかな
って事は、今ここにいるのは裸で周回してる10代の男の子だけ……
ヤバっ脳内変換したら花園に見えて来たかも
火山さんや一ノ瀬さんが周回してる馬を見て「前走より体が仕上がってる」だの「ちょっと落ち着かずに興奮気味だね」とか言っちゃうから余計に変な想像しちゃうんですが
「って、さっきの子のお父さんも同じ名前だったよね? え? この馬も??」
さっきから、父シークワイエット。って書いてある馬ばかりなんだけど
「あぁ。今回の皐月賞には18頭中7頭がシークワイエット
一ノ瀬さんが答えてくれるもそんなに同じ兄弟で走るの?
わたしの表情を読んだのか、一ノ瀬さんは話を続けた
「さっき言ったが人気の
「なるほど。じゃあ、この子たちは兄弟ではないのね」
「競馬ではそういう事になるな」
兄弟が裸で周回してるのかと思っちゃったじゃない
「ん、気性の荒さを根性に変えて。張り切って参りましょう。1番メイオウカイザー」
「突然どうしたのよ。エイル? のど自慢みたいに言ってるけど」
「ん、1番の馬が『今日はやったるぜ』って顔してる」
エイルちゃんの小さいお手々はポテチの袋と口をリズミカルに行き来していた
「1番の馬って『メイオウカイザー』は18頭中14番人気で、6戦1勝だよ。弥生賞3着でギリギリ出てこれたレベルだよ」
「だよね。力は劣るから人気より上なら良い方だよ」
良くはわからないけど星宮さんと火山さんの言葉から、エイルちゃんが言った馬はこのレースじゃ弱いって事ね
「さっ G1のファンファーレだから、ここからはレースに集中しよう」
聞いたことあるファンファーレがなるとお客さんの大歓声と拍手が凄い
「馬は神経質で臆病だから、あまり大きい音は出さない方が良いんだがな」
独り言のように呟く一ノ瀬さんだけど、あまりの歓声と沸き上がる拍手にびっくりしてしまった
レース始まる前でしょ? 何で拍手してるの??
『最も速い馬が勝つと言われる皐月賞。各馬順調にゲートインしております。最後に大本命、漆黒の怪物テネブラエが大外18番ゲート入りです』
大歓声と拍手は鳴り止み静かにスタートを待つだけになっている
『係員が離れました。さぁスタートです! クラシック1冠目取るのはどの馬か』
ガシャン。と音ともにゲートか開き、また大歓声が聞こえる
ドコドコ聞こえる馬の足音は振動までもテレビから伝わってくるようだ
「え? メイオウカイザー
「騎手は手綱を無理に引っ張ってないよ」
「中山の2000はスローペースになりやすいが、これは面白いな」
何が面白いのか分からないけど一ノ瀬さんが言ってるから面白いんだろう
『なんとなんと。1番メイオウカイザーが逃げる。ぐんぐんスピードを上げて後続を離していく』
すごっ1頭だけ走る距離間違ってんじゃないか。って位に速いんだけど
『メイオウカイザーの一人旅。テネブラエは後方から3頭目、その前方に2番人気のブリジャール』
「ちょっと逃げ過ぎじゃない。何で誰も追わないのよ」
「そらっち。テネブラエがいるから、他の馬は追わないんじゃなくて追えないんだよ」
「あぁ。ニコが言ってるが、あくまでもこのレースの本命は『テネブラエ』だ。他の馬は『テネブラエ』しか見ていない」
「そうそう。今、先頭のメイオウカイザーをスピード上げて追って行ったら最後にはスタミナ切れで、後方からテネブラエに差されるからね」
だから追いたくても追えないのか、でも、そしたら
「先頭の馬もスタミナ切れしません?」
「もちろんするさ。だが、先頭の馬はギリギリまで粘れれば、直線で失速してもリードした分有利になる」
「ミズキが言うように。他の馬も後半はスピード上げて行くからスタミナはなくなるんだよ。スタミナなくなる前に先頭を追い越したいけど、こんなにリードされたらね。人気薄だからこそ出来る博打だけどね」
「1番。うおぉぉ。やったるぜー! 人気より結果じゃあぁぁぁ。言ってる」
エイルちゃんは馬の言う事分かるのかな?
『1000メートルの通過タイムは57秒8! これはとんでもないハイペースだ。縦長の展開、先頭から2番手までで、すでに20馬身はあるでしょうか』
「メイオウカイザーは血統的にもスタミナタイプだ。気持ち良く走らせてるし、こんなハイペースはどの騎手も想定していない。これは策士言われる舘山騎手らしい作戦だな」
「長距離重賞で、人気薄の馬がたまにやる作戦を中山の2000でやるとはね。ホントにトリッキーだなぁ館山騎手」
何故か嬉しそうな一ノ瀬さんと火山さん。作戦とか分からないけど駆け引きとか凄いんだろうな
『さぁ。1頭メイオウカイザーだけが最終コーナー周って直線に入る、後続も詰めては来てるが10馬身以上差はある。テネブラエはまだ後ろ、ここから届くのか』
「ちょっと〜。テネブラエ負けちゃうよぉ、あんなに離れてちゃ豪脚でも無理でしょ」
「中山の直線は短いからね。でも、急坂あるし、畑騎手の剛腕が唸れば最後まで判らないよ」
『さすがにメイオウカイザーも苦しくなってきたが、まだ差はある。このまま逃げ切るか』
何かこのまま逃げ切っちゃいそうなんだけど、漆黒の怪物は映ってすらいないじゃん
『これから急坂をかけ上がるメイオウカイザー逃げる逃げる。後続との差はなかなか縮まらない。2番手に上がったブリジャールも一杯か!? 』
「え? あれ『テネブラエ』じゃない?? 画面端っこの黒いの」
興奮したのか前のめりになりながらテレビを指差す星宮さん
「いつのまにあんなに差を縮めてたんだ!! 」
「す 凄い……」
「おー」
驚きの声の一ノ瀬さんに、信じられないと言った表情の火山さん。
エイルちゃんは感情読めないや
『外から1頭突っ込んでくる! もの凄い脚!! 剛腕、畑のムチに応えて漆黒の怪物テネブラエだけがテネブラエだけが差を詰めてくる!!』
他の馬がスローモーション何じゃないか。ってくらいに、素人のわたしでも次元が違うのが分かる
『残り200を切ってテネブラエ先頭まで6馬身、5馬身、4馬身、3馬身、残り100。坂を上り終え、届くか? 届くか? 届くか? 』
力強く芝を蹴り上げては沈み込むような前傾姿勢で優雅に躍動する漆黒の馬体。己の速さを誇示するかの様に
映るものに目が奪われ圧倒される。
音が消えた静かな世界で沸々と内側から熱くなってくのを感じた。行き場を探すように全身を駆け巡るそれは、熱を帯びたまま毛穴という毛穴から噴出し……
一気に鳥肌が立った
『届くか?……届いた! 届いた!! 並ぶ間もなく抜き去る!! 豪脚一閃!!! 半馬身ほど差を付けて先頭でゴールイン! 』
音が戻ってきた世界は観客からのどよめきに変わっていた。数分前よりクリアに光景が見える……わたしの世界が一瞬で変わった。
『勝ち時計は1分57秒6!? 1分?57秒?6?? コースレコード!! 掲示板にレコードの文字。テネブラエ中山2000のコースレコードを塗り替えての勝利!! 何という馬でしょう! 』
「タイムすごっ! アナウンサーも声が裏返ちゃってるよ」
「メイオウカイザーのおかげで超絶ハイペースだったからな。それにしても大外枠かつ追い込みで普通勝つか!? 」
「やったぁ 勝った勝ったクラシック1冠目ゲット。いぇ〜い、平地さん」
手を叩きながら星宮さんは喜ぶとわたしにハイタッチを求めてきた
星宮さんの手も汗ばんでいた。
テレビに目を向けると勝った馬の騎手が高々と片手を上げて、人差し指だけを上に向た後にゆっくりと中指、そして薬指も上げて3を作っていた。
「おぉ。畑騎手の3冠宣言」
「こんな凄いものを見せられてしまっては、メイオウカイザーも負けてなお強しの競馬だったが、テネブラエは無事に行けば3冠取れるだろうな」
初めてちゃんと見たレースは驚きの連続だった
競馬場の雰囲気、競走馬の足音に呑まれ
逃げ馬の一人旅にいつ失速するかって不安と、このまま逃げ勝っちゃうのって興奮を覚え
何よりも追い込んで勝った馬の優雅さと力強さに魅了された
凄いよ! 競走馬って凄い!!
競馬って凄い!!!
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