第3競争 レベルアップ

「暇な日常の暇な学校の暇な授業『暇』がゲシュタルト崩壊を起こしそうだったけど、やっと放課後になったよぉ。あっ あたし、平地ひらち すい

星宮ほしみやさん?」


「なんとこの女子学園では、空き教室をお洒落にメタモルフォーゼした『花園』そう、美少女が揃う秘密組織『競馬愛好会』なるものがあってね、ひょんな事からあたしは参加する事になったんだ」

「ねぇ……」


「でもでも、ふぇ~ん。1人で行くのは寂しいよぉ。早く星宮さん誘ってくれないかなぁ」

「ねぇってば……」

「って、顔をしてる平地さん」



 昨日と同じく逃さない為なんだろうけど、私の手提げバッグを「では、向かいますか」と言いながらさり気なく持とうとする星宮さん。


 『花園』って初めてリアルで聞いた気がするし良く次から次に言葉が出てくるなぁと感心していたら、まさかの自己完結……自分で美少女言ってても嫌みに聞こえないのが凄い。

 ホント押しが強すぎて何も言えないよ。


 放課後になるやすぐに私の席までやってきた星宮さんにクラスメイトの視線が集まる。

 何で平地と仲良さげに話してるんだろ? ってのは気にしすぎではないだろうな


 わたしは高校からの少ない編入組で積極的に和に入るタイプじゃない

 1人でいるのも平気だしどちらかと言えば好きだ



「ってか、やっぱ。窓際の席良いなぁ。日当たり良いし外見てれば飽きないし、しかも1番後ろとか最高じゃん」


 外に目をやる星宮さんと窓越しに目が合う


「席替えのクジ運良かったから。でも日当たり良すぎて眠くなるよ」

「そんなの寝ちゃえば良いじゃん」

「まぁ……新学期始まったばかりだし」

「平地さん真面目だなぁ。エイルなんて真ん中の1番前の席で堂々と寝てるよ」

「1番前の真ん中って逆に気付かれにくいから」

「だね。エイルは小さいから余計に」


 クルッと向き直ったかと思うと悪戯っ子の様にクスッと小さく笑う星宮さん


 あれ? そう言えば


「エイルちゃんは? 」


 教室を一通り見渡すも見当たらない


「エイル? そう言えば見ないね」

「エイルちゃん。もしかしたら先に行ってるのかな」


 スタスタと歩き出した星宮さんは掃除用具入れの中を覗いたあと、エイルちゃんの机の引き出しにまで『おーいエイル戻っておいで』と声を掛けていた。先に行ってるのはタイムマシーンで未来にって事じゃないよ。と、言いたい


「見つからん」

「だろうね……エイルちゃん探す気あった? 」

「なしよりのな〜し」

「……だろうね」

「あたしたちも行こ」


 

 そのまま手提げバックを人質に取られ仕方なく付いていく。

 仕方なく? 本当に嫌ならバックを奪い返して断れば良いだけだ。悪い人じゃないのは何となく感じるしちゃんと言えば分かってくれると思う。けどそうしないのは、わたしはわたしでこの現状を楽しもうとしてる??

 

「今日は本持って来てるから平地さんに貸してあげるね」

「本って競馬の?」

「もちろん」

「私に読めるかな」

 

 競馬の本って面白いかな。って意味で言ったんだけど競馬愛好会なんだから少しくらいは勉強しないとダメだよね


「読める読める。小難しい本じゃないし。平地さん普段はどんな本読んだりするの? 」

「ミ ミステリーかなぁ」


 ミステリーが好きなのは嘘じゃない。

 それ以上に好きなジャンルはあるけど、まだ良く知らない人に言うのは控えておこう


「そうなんだ。競馬新聞もミステリーって言うからね」

「え!? そうなの? 読んだ事ないから全然分からないけど」

「あたしもネット派だから新聞は読まないけど、コンビニでも売ってるし今度買って来るよ」


 星宮さんが制服姿のままコンビニで競馬新聞買うのを想像したら何か面白い


「コンビニとか駅の売店でワンカップのお酒と一緒に競馬新聞買ってる人をたまに見掛けるけどさ、何か良いよね」

「え? あ。あ、うん」


 星宮さんの考えに思考が追いつかないわたしの脳内では、何となくイメージした馬だけがリズム良く走っている

 

「赤ペンとかで馬柱うまばしらに色々印とか付けて、あーでもない。こーでもない。って何回もレースを脳内シミュレーションしちゃったり。人生楽しんでるって感じでさ」

「ははは……」 


 馬柱ってなに? 印を付ける?? 脳内シミュレーション?? ダメだ何を言っているのか理解出来ない



 星宮さんの言葉に思考は余裕で周回遅れにされグルグルと馬だけが疲弊しながら脳内を走り回っている 


「着いた。先に誰か来てるかな。っと」


 勢い良く空き教室のドアを星宮さんが開けた瞬間、何かがササッと動いた音がしたのと、ふとした違和感にココアの良い香りが漂ってくる


「星宮。タブレットにココア溢しそうになったし、そんなに強くしなくても開くから。じゃないと建付けがどんどん悪くなる」


 ソファーに座っていた一ノいちのせさんは振り向きざま呆れた顔をしていた


「ごめん。平地さんが付いて来てくれた事にテンション上がっちゃって。あれ、ミズちゃんだけ? ニコイチじゃないじゃん」

「ニコはバイトだ。風邪引いた人がいて代わりにって。平地も昨日もだけど無理矢理連れて来られたとかじゃない? 大丈夫?」

「多分。大丈夫かなぁ」


 語尾が小さくなっちゃったけど無理矢理ではないよね。


「ふ〜ん。あたし思慮深いから大丈夫大丈夫。平地さん座りなよ、昨日と同じ紅茶淹れるね」


 深いため息をつくと一ノ瀬さんはカップに手を伸ばし口に含んだ

 今度は落ち着かせる様にほっと一息付いてからテーブルに置いてあるタブレットを手に取った

 わたしが違和感に気付き窓の方を不思議に見てから、視線を戻すと一ノ瀬さんは感じ取ったのか


「あぁ。気にしないでくれ」

「って言われても……い、一ノ瀬さんは何をしてるの? 」

「データ集めで退屈だけど色々と時間取られててね」

「データ集め……」


 思わず馬鹿みたいに繰り返してしまった。

 フッと一ノ瀬さんが笑い手に持つタブレットに視線を落としたまま


「土日に開催した中央競馬全レースの結果とラップタイムを自分のAIに落としてるのさ」

「はぁ……」


 うん。さっぱり分からんよ


「ねえミズちゃん。あたしが先週買ったチョコ知らない? ケトルの横の棚に閉まってたはずなんだけど」


 紅茶を運びながら星宮さんはきょろきょと辺りを窺っていた


「私は知らない」

「そっか。『ミズちゃんは』知らないんだ」



 向いのソファーに腰を下ろすとニヤケ出した星宮さんは、わたしに小声で「窓の方見てよ」と言いだすので顔を向けると


 そりゃそうだよね、バレバレだよ。入って来た瞬間は気付かなかったけどソファーに座ってから違和感に気付いて窓に目をやると、カーテン閉まってるし下から足だけが見えちゃってるもん


「ミズちゃん。天気いいのにカーテン閉めなくて良いじゃん」


 星宮さんはいつもより大きい声でカーテンに近付くと、弄ぶようにゆっくりゆっくりカーテンを開けていく


 あぁ。エイルちゃんの可愛いあんよも、ちょこちょこと端に移っていくうぅぅぅ


「ふっふっふっ。今こそ闇を葬り光よ全てを照らしたまえ」


 端っこまで追い詰めた星宮さんが一気にカーテンを捲ると


「見っかっちゃった」


 結構最初の方から見つかってたけどね。エイルちゃんは見つけられたにも関わらず無表情で手に持っていたチョコをハムっと口に入れた


「あぁ! エイル!! それ最後のでしょ」

「最後『の』じゃない最後『だった』」


 わたしたちより未来にいたよエイルちゃん。

 星宮さんの言葉にも動じず相変わらず無表情のままモグモグとするエイルちゃん


「美味しかった。ご馳走様でした」

「バカ。限定品だから来年まで買えないのにぃ〜」


 エイルちゃんの柔らかそうなホッペを悔しそうに「この、この」と摘まんでは引っ張る星宮さんに、されるがままのエイルちゃん


 タブレットから視線を離さず「ったく」と呟く一ノ瀬さん。日常の事なのか余程クールなのか大して意に介してないように見える


「くぅ」

「何よ。今更、謝っても許さないからね」


『くぅ』って星宮さんの事か。エイルちゃんは星宮さんを本名の『そら』じゃなくて『くぅ』って読んでるんだ


「前から言ってた馬主席、お祖父様から許可が出た」

「え? 本当に?? 」


 コクンと首肯うなずくエイルちゃんを抱き締める星宮さん


「やったぁ! もう大好きエイル!! いつなの? 」

「月末の土曜日」

「それって」 

「ん、福島牝馬ステークス。皆で行ける」


 その言葉を聞くなり一ノ瀬さんがタブレットから視線を上げた


「重賞じゃないか。エイルのお祖父様の持ち馬出るのか? 」

「出る。賞金額も足りてるから出走決定」

「そうか。持ち馬で牝馬で賞金足りてるとなると、小回り得意の『カザマエタンテル』か。面白いな」 


 また視線をタブレットに戻す一ノ瀬さんの目付きはさっきよりも真剣に見え、タッチキーに滑らす指はスピードが増していた


「平地さんも生観戦だよ! ね。エイル」 

「すぅも一緒」


『すぅ』ってわたしのこと? すいから取ったのかな? この際エイルちゃんに呼ばれるなら何でも良いや


「わたしも良いの? 」

「エイルが良い。って言っるし大丈夫でしょ」

「入ったばかりで何も知らないのに」


 「そうだ。これこれ」と星宮さんは自分のバックからノートを取り出すと手渡してくる


「さっき言ってた本? 」

「うん。本ってかノートってか辞典? あたしが作ったものだけどね」



 辞典?ってわたしに聞かれても。それに作ったって言ってるけど、パラパラと中を捲ってみると


 聞き慣れない単語が並んでおり、そこに単語の意味が書いてあった。

 あいうえお順だし見出しもついてるし辞典だこれ!


「あたしが小4の頃から競馬に関する言葉をまとめてたんだ」 

「凄い。どの位の単語があるんだろ」

「数えた事ないけど毎年アップグレードはしてるよ。普段はパソコンで調べちゃうけど紙に書くと覚えやすいからさ」

「福島牝馬ステークス福島牝馬ステークス」


 さっき聞いた言葉を調べてみる『福島競馬場、芝1800mのG3で牝馬限定戦』と書いてある

 ちょっと待って『G3』ってなに? 今度はG3を調べてみる『日本独自の格付け。グレード制の重賞レースの1つで、上からG1、G2、G3となる』


 ヤバイこれは英英辞典と一緒で単語を調べようとしても、また分からない単語が出てきてのループなやつだ。


「それで小テストとかやったら平地も早く覚えられそうだな」

「それ良い! ミズちゃんナイスだ」


 一ノ瀬さんの言葉に食い気味に反応する星宮さん。学校のテストの方が簡単に覚えられそうだけど


「すぅ。がんば」 


 いつもと同じ抑揚ない口調と無表情で握りこぶしを作るエイルちゃん

 くっ 可愛い。エイルちゃんの為にも色々と覚えてレベルアップしなくては

 

「くぅ。冷蔵庫」

「冷蔵庫? 」


 エイルちゃんが棚横の冷蔵庫を指差し星宮さんは怪訝な表情を浮かべている


「開ければ分かる」


 冷蔵庫の前で「何が入ってるのよ」と言いながら星宮さんが開けると


「あっ! あたしのチョコ生きてる!! 」 

「暖かくなってきたから冷蔵庫に入れた」 


 チョコの小箱を冷蔵庫から取り出し宝物のように抱き締めては頬ずりする星宮さん。

 そうだよね。いくら何でも人のを勝手には食べないよね??


「あれ? じゃあ。エイルが食べてたのは」

「自分で買った」

「わざわざ隠れたりしたのは何でよ? 」


 エイルちゃんは握りこぶしから親指だけを上げると 


「お遊び。なかなか楽しかった」

「いつもいつも、エイルは……あたしは楽しくないよ」


 星宮さんはエイルちゃんとは逆に親指を下にして、深〜いため息をついたのでした





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