第2競争 いざ競馬愛好会

「適当に座ってよ」


 星宮ほしみやさんに促されるも空いてるソファーは2人用しかないし、警戒してるのを悟られないように腰を下ろす。

 黒光りの光沢といい肌触りといい、明らかに高級そうだし、体にフィットしながら沈んでいくソファーに心の中で『おぉ』と感動してしまった。


平地ひらちさんって紅茶飲める? 」

「うん。好きだけど……」

「じゃ 淹れて上げるね」


 ふふんとご機嫌に鼻を鳴らしながら壁側の棚に向かっていく星宮さん。

 棚にはお洒落なデザインの電気ケトルやコーヒーメーカーに外国のものらしき色々な紅茶の缶やお菓子が置いてあった。


 何か学校じゃないみたい

 離れ校舎にこんな所があったなんて全然知らなかったな。


 ソファーは座り心地良いけど、火山ひやまさんの視線が突き刺さり落ち着かない

 こういう時に何て話したら良いのかが分からない。黙ってると感じ悪い。って思われそうだけど


「もうこんな時間か。ニコ出るよ」


 バッグからスマホを取り出した一ノ瀬さんが、火山さんに声を掛けて立ち上がる。


「平地。せっかく落ち着いたところ申し訳ないが」

「ミズキとボクは用事あるから今日は先に帰るよ。またゆっくり話そ」


 2人は紅茶を淹れていた星宮さんに「またね」と言い残し仲良く教室を後にした。

 学校内でも長身でオリエンタルな雰囲気の一ノ瀬さんと小柄だけど王子キャラが似合う火山さん。幼稚園からの幼馴染みだったらしい絵になる2人が、セットで有名なのは当たり前に感じる。


「あぁ。そっか『今日は用事あるから長くは居られない』言ってたっけ」


 紅茶と小箱をトレイに乗せた星宮さんが戻ってきた。


「ハイ お待たせ。チョコも美味しいからどうぞ。エイルに食べられる前に食べなくちゃ」

「ありがとう。『エイル』って、そっちで寝てる子? 」


 向いの窓際のソファーに目を向けると、俯せから仰向けになってるみたいだけど、顔までスッポリとブランケットに隠れてて金髪しか見えなくなっていた。


「そ。アタシとは幼稚舎から中1まで一緒だったの。中2からこの春休みまでフランスに行ってて戻ってきたばかり」

「凄い。フランス……」

「エイルのお母さんフランス人だからね」


 ハーフってことか……フランスもだし幼稚舎って聞き慣れない言葉にも驚いた。ここの学園がエスカレーター式で幼稚園から大学まであるのは知ってたけど幼稚舎……ね。星宮さんがソファーに座り、綺麗な細長い指でチョコを口に運ぶのを見ていると視線が合った。

 

 緊張を軽くしたくて思わずテーブルに置かれた紅茶を口に含む

 え? 凄い美味しい。香りも良いし甘さも私にはちょうどいいし。お家で飲むティーパックのと全然違うじゃない


「美味しい」

「良かった。前にテレビの撮影で行ったお店でね。アタシも気に入っちゃったから高いけどチョコとセットで買ったんだ」


 ティーカップ片手に微笑む星宮さん。それだけで撮影してるみたいに見えてしまう


「平地さんは高校から編入して来たんだよね? 」

「うん。親の仕事の都合で福島から仙台に来たんだ」

「福島かぁ。福島良いよねぇ」


 顔を上に向けて遠い目をしだしたけど福島に思い入れあるのかな?


「何か良い思い出でもあったの? 」

「福島競馬場あるじゃん」

「はい? 」

「春の福島も良いけど寒くなって来た秋開催の福島とか、何か風情あって良いじゃん」


 春?秋? 福島って競馬やってたの??  それすら知らないのですが


「アタシさ。夏には函館とか新潟、小倉とかに行って競馬と温泉と美味しいものを満喫するのが目標なんだよ。20歳過ぎたら温泉入りながらお酒飲んで競馬語ってって最高じゃん」


 うっとりとした目に変わり語る星宮さんは美少女JKに転生したオジサンなのかな


「平地さんもバッグにたてがみのお守り付けてるし、定期入れに『ナツクララ』のプロマイド入れてるみたいだけど『ナツクララ』懐かしいよね」


 ナツクララ…………あっ!

 なるほど。連れてこられた謎が分かったような


 わたしは3歳の時、車に轢かれた事がある。

 轢かれたと言っても軽い骨折で3ヶ月位で普通の生活に戻れたらしいけど、その時に親から幸運のお守りの透明なカバーに入れられた馬の鬣と、願掛けで『ナツクララ』のプロマイドを貰ったんだ。それから常に出掛ける時はどこかしらに入れて持ち歩く事にしている。


「平地さんも知ってると思うけど『ナツクララ』って連戦連敗して、100戦以上もして1度も勝ったことがない馬で、逆に人気出ちゃったんだよね。グッズやお守りも売れたみたいだし」


 親もそんなこと言ってたなぁ。いつも負けるから馬券が全然当たらない。そこから車にも当たらない。って事でメディアに取り上げられたのもあるけど、お守りとして「ナツクララ」のグッズは飛ぶように売れたらしい。


「サラブレッドっていつからいるか知ってる? 」


 唐突な質問だけど全然知らないし考えた事もない

 サラブレッドは元からサラブレッドじゃないの?

 何かエリートみたいな。言い方もされるし。いつからだろ


「知らない」

「18世紀初頭のイギリスだよ」

「え? もっと前からいるもんだと思ってた」

「人間が競走用に品種改良していったんだよ。で、その大元になった馬が3頭いるんだけど」


 サラブレッドは本当に走る為だけに作られたんだ

 競走馬って言われるから競争するのが宿命なんだろうけど……


「その3頭を三大始祖って言って、今のサラブレッドを遡ると必ず3頭のどれかに当たるんだ。世界中に今も何十万頭っているけど、たったの3頭だよ」

「何のためにサラブレッドを作ったの? 」

「何の為って、競争でより早い馬を作るため。でしょ」


 星宮さんはキョトンとしちゃったけど、わたしは純粋に不思議なだけだ。


「競争するのはサラブレッドじゃなくても良いと思いません? 」

「まぁ。そうかもね……」


 あっ また雰囲気悪くしてしまう


「平地さん。競走馬って一部の人からは可哀想な動物って思われてるの知ってる? 」


 わたしは黙って首を横に振る。実際に知らないことだから


「元は貴族の娯楽だからさ。他の貴族より早い馬を持ちたい。名声を得たい。って人間のエゴで競争馬を作って、いつしか経済動物になって厳しい調教やレースではムチを入れられたり、レース中に故障した馬とか勝てない馬は殺処分になったり」


 何か生き物として扱われてないみたいじゃない

 勝手に作られて用済みとなったら始末されるなんて

 何処が良いのか全然理解できない


「でも馬は一生懸命に走るんだ。どの馬よりも先頭を目掛けて」


 それは走らされてるだけなんじゃないの

 何かわたしには合わなそうだな、今からでも辞めます。って言おうかな。


「綺麗事を言うつもりじゃないけど、あたしは競馬から競走馬から感動や勇気を貰ったんだ」

「感動や勇気……? 」


「そっ 競馬はブラッド・スポーツ。って言われてるけど、脈々と築いてきた血があるのよ」

「何となくブラッド・スポーツってのは聞いたことあるかな」

「例えば画面に映ってるハナ差で勝った、今年の桜花賞馬のお母さんは10年前にこのレースを負けてるのね」



 テレビ画面にはレースに勝ったらしい外から追い越した馬が、首に『桜花賞』と書いてあるレイをぶら下げながら歩いていた


「で、10年前にこのレースを勝ったのが、今年ハナ差で負けた馬のお母さんなんだよ」

「え? じゃあ母親と娘たちでは逆の結果になったって事?」

「だね。お母さん同士も、しょっちゅう同じレースに出ては勝ったり負けたりしてたけど、娘たちも2歳から今年のクラシック路線までは同じになるだろうね」


 クラシック?ってなんだろう


「競走馬ってもちろんだけど1頭1頭個性も違うんだよ。毛色もいろいろあるし短気なのかパリピなのかテンション上がり過ぎて暴走する馬もいれば」


 暴走はヤバイのでは……乗ってる人が大変そう


「逆に人懐っこくて近くに寄ると顔をスリスリしてくれる馬とか」

「えぇ 可愛い」

「可愛いよ『星』とか『流星』って言って、顔に白い点とか白い線が入ってる馬も多いけど、その形がハートマークだったりハテナマークの馬もいるからね」

「へぇ~ 色んな馬がいるんだね」


 馬の顔なんてちゃんと観たことなかったからボンヤリとしか浮かんでこない自分が悲しい


「さっき話した親や、その前の世代からの因縁とか、しょっちゅう同じレースに出る牡馬おとこのこ牝馬おんなのこは互いを意識しちゃう。とか」

「えぇ! 意識って恋愛感情? 」

「どうだろ、それは勝手なあたしの妄想だけど、そういう事を考えるのも面白いし」



 確かに馬同士では恋愛感情は芽生えるのかな?

 牡同士だったらどうしよう! めちゃくちゃ尊い!!


「平地さん。顔が面白くなってるけど……」

「あ 元からなので気にしないで」


 やばっ 妄想してたらニヤけちゃってたわ


「それに1頭の馬には多くの競馬関係者が関わってるの。牧場の方々。馬主さん調教師さん厩務員きゅうむいんさん。装蹄師そうていしさんに獣医さん。騎手。競馬場の職員さん。まだまだたくさん。その人たちの色んな想いが1頭1頭の馬に集まってるんだよ。そんな馬たちが集まってレースをして感動しない訳ないよ」

「1頭を管理するのも大変なんだね」

「だね。だからこそ表には出てこない人間ドラマや馬ドラマもあるだろうし、あたしたち競馬ファンが楽しめるんだよ!!」


 熱味を帯び音量が大きくなった星宮さんの声に反応したのか、テーブル越し向いのソファーでブランケットがモゾモゾと動いた


「うっ う~ん」


 気怠けで舌っ足らずな声とともに上半身だけ起き上がり背伸びをする女の子? ってより幼女??


 なに 今までに観たことない位の可愛さ何ですけど!

 控え目に言って大天使!!


 窓から差し込む光りにキラキラと輝くツインテ金髪。シルクの様な白い肌。

 青みがかった瞳。


「おっ エイル。おはよ」


 エイルと呼ばれた子は手の甲で目を擦ると

 わたしのチョコを食い入る様に見つめ出した。


「あ あの いる? 」


 コクンと首を縦にすると口を開いて身を乗り出してくる。


 テーブル越しにチョコを、あの小さいお口に放れば良いのかな?

 チョコを持つ手を少しずつ少しずつ近付けていると


 はむっ


 うわっ 指ごと甘噛みされたけど痛くないし変な気持ちになるんですが

 幼女もアリな事に目覚めてしまったのでは


「大丈夫、平地さん? まだエイル寝惚けてるみたい」

「痛くないし大丈夫だよ」


 エイルちゃんは雛みたいに口を開けたので、チョコを同じように入れて上げた。

 可愛い可愛い可愛い。餌やってる親鳥の気持ちが分かりそう


「エイル! ちゃんと自己紹介しなよ。カザマブランドのお嬢様でしょ」


 カザマブランドって家の炊飯器もカザマだった気がするんだけど

 エイルちゃんはソファーから立つとスカートの裾を払い……待って……立つと?

 小さい140cmくらいかな?

 中等部の新1年生でも全然通じちゃうよ


「ん、風間エイル。宜しく」

「あ 私は平地 彗」


 エイルちゃんはペコッと頭を下げてから、またモグモグとチョコを食べ始めた。


 小動物もびっくりな愛らしさにずっと見ていられる。

 何か星宮さんが競馬について凄い良いこと言ってた気がしたけど、エイルちゃんに餌上げられるなら、それだけでも競馬愛好会も全然悪くないじゃない。


 そんなわたしは不純な動機で愛好会入りを決めたのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る