第8章・終焉

29・高橋翔太

 沖が高橋を見る。

「じゃあ君は、双方の間に立って俺を騙していたわけか……」

「それは申し訳ないと思ってます。僕が犯人だとあなたに信じ込ませるために、遥ちゃんと一緒に偽装工作を進めていたんです。遥ちゃんの家にわざわざ盗聴器を仕掛けて向かいのアパートで録音したり、僕が侵入したお芝居も打ちました。盗聴器、うまく聞こえる場所を探すの大変だったんですから。2人で何時間もかかりました。それに、遥ちゃんが揃えた凪ちゃんたちのファイルを僕の部屋に隠したりもしました。そもそも遥ちゃんがストーカーに狙われているって言ったのも、あなたを証人として引き込むためだったんです。いかにもストーカーの脅迫っぽいメールも、2人で考えてネットカフェから送りました。そこまでしたのに、僕がお芝居が下手なばっかりに、真相を暴かれちゃうなんて……」

「遥さんを愛していたんだろう? その気持ちを隠せなかったからって、恥じることはない」

「でも、最後の詰めで計画を破綻させてしまいました……」

 佐藤が言う。

「そうとも言えない。プランAは壊れたが、今ならまだ修復は可能だ」

 高橋が佐藤を見つめる。

「次のプランって……?」

 佐藤は沖に目を移しながら言った。

「私の役目はクライアントの保護だ。だからベストは、一連の殺人が闇に消えることだった。だが遥君が沖君を巻き込んで事態が複雑化してしまった。遥君の第2人格が、高橋君を犯人に偽装しようと企んだためだ。沖君は、目撃者として選ばれたんだ。それでも結果として、高橋君が身代わりになって遥君が死ぬのなら、クライアントは安全だ。今でも被害者たちの身辺調査は続けているが、そこから事件が発覚する恐れも極めて低い。このまま事件が誰にも知られずに時が過ぎるなら、本来の目的は達成できる」

 沖は佐藤が何を言わんとしているか訝りながらも、問いただす。

「だが、チャイニーズマフィアはどうする? 奴らから情報が漏れることはないのか?」

「死体損壊など中国の習慣からすれば立ち小便程度の意味しかない。だが、日本の法律では明らかな犯罪者だ。それも、狂気としか呼べない猟奇犯罪だ。当然、彼らも日本との感覚の違いを知識としては理解している。だから、発覚を最も恐れているのは彼ら自身だ。今まで通りアンダーグラウンドで稼ぎ続けられるなら、騒ぎを起こしはしない。我々の権益を犯すようなら徹底的に潰す、とも釘を刺してある」

「見逃すってことか……」

「誰にも知られていない完全犯罪だ。見えないものは、処罰しようがないというだけのことだ」

「だが、どこからか発覚したら?」

「あの時のように、また君が駄々をこねるのか?」

「その話は終わった。凪さえ戻るなら、俺も忘れる」

「だったら問題はない」

 高橋が質問する。

「あの……僕はどうすればいいんでしょう? 死刑になる覚悟もしてるんですが……」

 佐藤がため息を漏らす。

「だから、死刑囚が発生するような事件は何一つ発生していないんだ。この部屋は君のものだ。君は都会の闇に泡のように発生した連続殺人犯として、そのままここでひっそりと暮らしていけばいい。影のように息を潜めて、老衰で息を引き取るまで、な」

「いいんですか……そんなことで?」

「君が警察に自首したりすれば、その方がはるかに迷惑だ。世論が狂ったように沸騰するし、警察は徹底的に被害者の素性を調べなければならない。捜査が私のクライアントに及ぶようなことになれば、それにも対処を迫られる。万が一にも真相が明らかになれば、被害は壊滅的だ」

「でも……僕にはこんなマンションを維持する稼ぎはないし……」

「その点はチャイニーズマフィアと話をつけた。家賃を含めて生活に不自由ない金額が継続的に振り込まれる」

「まさか……ずっとここで暮らしてていいんですか?」

 佐藤はステージのフェアリーコンバットに目を移す。

「構わない。ここで彼女たちの管理を続けてくれればいい」

「アパートを引き払って荷物を持ってきてもいいのかな?」

「それも自由だ。ただし、他人には絶対に知られるな。その時は、連続猟奇殺人の犯人として死んでもらうことになる。私が手を下す」

「それは大丈夫です。僕のことを知ってるオタクや業者は多いけど、どこに住んでるかは誰も――あ、遥ちゃん以外は知りませんから。引っ越してもバレる心配なんかありません」

「気は緩めるな、ということだ。結婚はもちろん、恋もできないがね。君が秘密を守って、今まで通りに暮らしていきさえするなら、その生活はずっと続けられる」

 高橋は悟りきったような笑みを浮かべる。

「結婚なんて、どうせ無理だから。だけど、遥ちゃんは……?」

「1ヶ月後にはここに届けられる。共に暮らせばいい」

「遥ちゃんと一緒に……。僕にとっては夢のような世界です……」

「だから、その夢を守り続けろ。それこそが我々の共通の利益だ」

「ありがとう……」

 そして佐藤は沖を見つめた。

「無論、君にも幾分かの謝礼は与えるつもりだ」

 沖は鼻で笑った。

「凪だけで充分だ」

「それでは困るんだよ。君には高橋君の共犯者になっていただく。チャイニーズマフィアから定期的に謝礼金が振り込まれる。だから、高橋君が連続殺人犯として脚光を浴びることになれば、君もまたその共犯者として裁かれる」

「分かった。君たちに逆らう気持ちも、理由もないしな。だが一つ、気になることはある」

「何だ?」

「少女たちだ。まだ殺されていない少女もリストにあった。彼女たちはどうなる?」

「凪君を含めて3人保護しているが、この先は我々の関知するところではない。小田切遥に殺してもらうことはもうできないが、死を諦めたとも思えない。とっくに家族から見捨てられているのだから、帰る場所もないだろう」

「じゃあ、どうする? 彼女たちの口を封じる――なんてことは考えていないよな?」

「もちろん、考えた。何しろ、遥君の行動に共感して、殺人にまで協力したんだからな。その事実を外部に漏らされては困る。だが、今まで観察した限りでは、その危険はなさそうだ。我々も人間だ。不要な殺人は好まない」

 沖はきっぱりと言った。

「嘘、だな」

「何が?」

「あんたは彼女たちを殺す。こうまで念入りに手を打っているのに、ここまできて気を緩めるはずがない」

 佐藤は不気味な笑みを浮かべた。

「全く、君という奴は……。好奇心に殺されたいのか?」

「ほころびをほじくられたくないから、俺には全てを明かすんだろう?」

「分かったよ。彼女たちは、ここで高橋君と暮らさせるつもりだった」

 高橋が声を上げる。

「え?」

「沖君を帰してからゆっくり相談するつもりだったんだがね」

「どうしてここで?」

「監視対象はひとまとめにしておいたほうが手がかからない。それに彼女たちは、心を病んでいる。死に魅入られている。救うには、遥君の力が必要だったんだ」

「だからここで、遥ちゃんと一緒に……? でも、また死にたがったら……?」

 佐藤は沖を見ながら言った。

「殺してやれ。彼女たちが、解放されることを切望しているんだからな。チャイニーズマフィアに連絡すれば、死体は回収してくれる。彼らが、それなりの衣装も調達する。遥君のように完璧な製品は作れないだろうがな。完成品は中国かアラブの富豪にでも売られるだろう。君たちの生活費は、そこから捻出されることになる」

 沖がつぶやく。

「今まで何人殺してきたんだ?」

「遥君の手にかかったのは、ここにいる少女だけだ。チャイニーズマフィアの仕事の数は私には分からない」

「だが、チャイニーズマフィアは何だって日本人を殺すんだ? 危険すぎないか? 人形にするだけなら、中国人だっていいだろうが。本国でなら、好きに選べるだろうに……」

「アラブの富豪とかからそういう注文が入るそうだ。競売の現場でDNAを検査するという。日本人の遺伝子は特殊だから、騙しようがないと言っていた。日本はアニメの中心だし、白人と戦い抜いた歴史があるから神聖視されているらしい。日本人特有の遺伝子の濃さによって、価格も変動するそうだ。最大、100倍になったこともあるという。その上、遥君のコスチュームのおかげで人気が爆発的に高まっていったそうだ」

「まさか……そんな世界があったのか……」

「世界は驚きに満ち溢れているんだよ」

「だが、それが共犯者って意味なのか……」

「違う。本当の意味は、これだ」

 佐藤はスマホを沖の目の前に出す。動画を再生した。

 おそらく、遥の家で撮影した隠し撮り映像だ。遥が、全裸の少女の腹に馬乗りになって首を絞めていた。暴れないように、その手足を別の少女たちが押さえつけている。

 その1人は、明らかに凪だった。

 沖が息を呑む。

「そういうことか……」

「これは、〝第2の人格〟が命じて撮影させた記録だと思う。何度も見返して渇きを癒すつもりだったのだろう。遥君の自宅に隠されていた。高橋君が襲った直後に、無人になった家を捜索して発見した」

「だが、これじゃあ、遥さんが殺人鬼だったとバレてしまう」

 佐藤がかすかに笑う。

「我々が最も得意とするのは、証拠の捏造だ。今、その作業を進めている」

「何をする気だ?」

「彼女たちの背後に、高橋君の映像を合成する。少女たちは、高橋君の命令によって殺し合ったという証拠になるんだ」

 沖はうつむいた。

「ギブアップ、だな……」

「私たちは皆、すでに法の枠外にいる。凪君を守りたいなら、小綺麗な建前の世界に戻ることは諦めることだ。君たちはすでに、正義とか人権とかの仮面に守られた常識人から見れば、正視に耐えられない異分子――存在を許されない悪魔なのだからね」

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