24・佐藤
佐藤はイヤホンから流れる会話を確認して、かすかな笑みを漏らした。フィギュアの部屋に仕掛けた盗聴器で、高橋が遥を殺したことを確認したのだ。
独り言を漏らす。
「これで次の段階に入れるな」
そしてスマホを取った。
「私だ。準備はいいか?」
答えたのはチャイニーズマフィアのボスだ。
『裏の駐車場、待機している。行くか?』
「もうしばらく待て。殴られた部下は回復したか?」
『大丈夫。2人で行く。あいつは?』
「縛られている。抵抗はできない」
『計画通り、いいか?』
佐藤は、イヤホンで室内の会話を確認しながら通話を続ける。
「手順を確認する。まず、奴の目の前で死体を回収する。高橋には話を通してある。彼は君たちが私の指示で動いていることを充分納得している。この芝居の目的は、高橋がこれまでのプラスティネーションの素材を全て提供してきた殺人鬼だということを、沖に納得させる事だ。そして、その事実を隠蔽しなければならないことを、娘の身柄を交渉材料にして納得させろ」
『その芝居、意味あるか? 殺した方、早くないか? 奴の口、塞げるのか?』
「まだ私を信用できないのか?」
『素顔を晒すの、私。奴は、私、知っている。奴が反抗すれば、危険なのは私』
「繰り返させるな。ここで裏切れば、私が君たちの組織を潰す。私なら、沖より怖くないとでも思っているのか?」
『違う。奴が納得しない時、殺したい』
「ダメだ。生きていなければ目撃者たり得ない。奴の過去は可能な限り調べた。かつて権力に歯向かって全てを失った経験がある。今度は娘を失うことになる。それは絶対にしない」
電話越しのボスの声にふてぶてしさがにじみ出る。
『なぜ、目撃者にこだわる? 殺せば、誰も困らない』
「それはこちらの事情だ。君たちには関係ない」
『私も、あんたの事情、関係ない』
「この期に及んで逆らうのか?」
『違う。交渉。そちらの事情、知りたい。騙されない確信、欲しい』
佐藤が諦めたように言った。
「まあ、中国人相手に楽な取引ができるとは思っていなかったが、この大事な段階で脅迫まがいの手段に出てくるとはな……」
ボスは微かに笑ったようだ。
『話す気、なったか?』
「負けたよ。教えよう。殺人犯は重要なクライアントの隠し子だ。だから、できれば殺したくない。クライアント自身が、なるべく生かしてやりたいと願っている。一方で一連の殺人は被害者の捜索願いすら出されていない。つまり今のところは、連続殺人が発生したこと自体が誰にも気づかれていない。君たちが死体を処理して人体フィギュアを世界中の富豪に売りさばいてきたことも公になっていない。このまま全てがアンダーグラウンドで進行しているなら、我々も関わらずにいられる」
『だから、分からない。それなら目撃者、いたらよくない』
「沖が首を突っ込んできたからだ。おかげで話が複雑になって、計画の変更を避けられなくなった。奴は探偵だ。一匹狼を気取ってはいるが、実際は多くの仲間たちが沖が娘探しに奔走していることを知っている。積極的に協力している者も少なくない。その沖が不自然に姿を消せば、また誰かが探し始める。疑念が疑念を呼び、事態が拡大して制御できなくなる。日本じゃそれを、〝雪だるま式〟と言う。それを防ぐには、今の段階で沖をこちら側に引き込むのが望ましい」
『だが、なぜ目撃させるか?』
「沖に圧力をかける効果を高めるためだよ。高橋が殺人犯だと暴かれる時は、娘が共犯者として裁かれる。連続殺人と死体損壊の共同正犯だ。これだけの死者が人形にされて実際に並んでいるんだから、重罪は免れられない。それを納得させて自発的に協力させるには、事件の全体像を知っていた方がいい。沖の能力は厄介だ。中途半端にごまかして疑問点が残れば、また些細なことをほじくり始める。真相にたどり着く可能性も少なくない。高橋とクライアントが結びつけられることだけは、絶対に避けたい」
『目的、それだけか?』
今度は佐藤が薄笑いを漏らす。
「とも言えないがね」
『何? 全部話せ』
「分からないか? 綻びは、どこから起きるか予測できない。チャイナタウンから情報が漏れることだってありうる」
『疑うか?』
「今は手を組んでいるが、信用しているわけではない。君たちのやり方に合わせているまでだ。人体のプラスティネーションなんていうのは、日本じゃ許されない蛮行なんだよ。まして素材を集めるために子供を殺すなど、絶対に認められない」
『死体の加工、そんなに悪いか?』
「日本は、あんたの国とは違う。到底理解できないだろうがね。だから、万が一にも事実が明らかになった時にリカバーするための保険が必要だ。クライアントに危険が及ぶ可能性が発生した場合は、高橋を切り捨てて事態の拡大を阻止する。自殺、でもしてもらおうかな」
『高橋の親、反抗しないか?』
「公式には、高橋は天涯孤独のフィギュアオタクでしかない。容疑者死亡で捜査を打ち切らせることもできる。だがそれは、最後の仕上げだ。まずは沖の娘を使って世論の憤りを煽り立て、関心をお前のクリーニング工場へと誘導する。人権無視、悪逆非道の〝死体加工工場〟に、な」
『あの娘、人殺しの共犯。動画、あるんだろう? 探偵、証言しない』
「逆だ。だからこそ、沖が重要なんだ。娘は凶悪な高橋に猟奇殺人の手伝いを強要され、沖はその件で脅迫されたっていう設定だ。だから事件が発覚するまでは、娘とともに口をつぐんでいるしかなかった。しかし、事件の発覚ともに真相を語る気になった――とでもいったシナリオだな。沖は娘を守るために、そう証言するしかない」
『なぜ、そうなる?』
「沖親子は犯罪者だが、同情を買える。捜査に協力すれば情状酌量の余地もある」
『それで、どうなる⁉』
「沖の証言によってチャイニーズマフィアが鬼畜な犯罪集団であることが暴かれる。世論は見当違いの方向へ沸騰する。中国人への憎悪が頂点に達する。君の国のように焼き討ちが始まることはないだろうが、チャイナタウンから客は消える」
『私たち、潰す気か⁉』
「潰すのはチャイナタウンだけじゃない。君たちが積み上げてきた政治工作まで全て暴き出す。こちら側がどれだけ傷を負おうと、徹底的に潰す。それが、『骨を断つ』という意味だ」
『バカな……』
「そうならないように、今、チャンスを与えている。君たちが逆らわないのなら、予測できない要素は沖のようなはぐれ者だけだ。なまじ鋭い勘を持っているだけに、放置してはおけない。だが娘を〝人質〟にして偽装工作に組み込んでしまえば、その心配も消える。あくまでも、君がちゃんと仕事をこなすという前提で、だがな――」
と、佐藤が不意に言葉を途切れさせる。
ボスの声が不安げに流れる。
『どうした?』
「ちょっと待て……」イヤホンに、予定外の会話が入ったのだ。「前言撤回だ。もうしばらくそこで待機していてほしい。状況が変わったかもしれない」
『何が起きた?』
「まだ分からん。だが、シナリオにない状況だ。詳細がつかめ次第、次の指示を送る。それまで、待て」
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