16・佐藤

 チャイナタウンの近くのファミレスで、2人の男が向かい合っていた。

 佐藤は言った。

「私が誰かは、承知しているね?」

〝会談〟は、共通の〝知り合い〟を通してセットされた。正面に座った男も、その〝知り合い〟の指示に逆らうことはできないのだ。

 日本側の支配領域で、しかもファミレスという衆人環視の下で話し合いを行うのは、佐藤の要求だった。当然、『1人で来い』とも付け加えている。

 男が答える。明らかに、イントネーションが日本人ではない。

「なぜ、呼んだ? 私、迷惑かけたか?」

「かけている。君の支配下で行われている非合法な活動は、ほぼ調査を終えた」

 それは事実だ。難航していた調査が、ある中国人家族を懐柔することで爆発的に進展したのだ。それまで断片的だった数々の情報が一つに結びつき、全体像を現した。ほんの一日で、チャイニーズマフィアの犯罪行為はほぼ解明されている。

「それ、無理。日本人、あそこ、入れない」

「協力者が日本人である必要はない。入管の手続き不備やら不法滞在やらで、弱みがあるお仲間も大勢いるだろう? 奴隷的な労働と有機溶剤の影響で死んだ男の家族、だとかもいるはずだ。探してみるがいい。もちろん、身柄は家族揃ってこちらが保護しているがね」

 男の目が威圧的な鋭さを増す。

「あんたに迷惑、かけてない」

「ここは日本だ。日本の法は、それを許さない」

「私、法律分からない」

「分かる必要はない。従え」

「従わないと、どうなる?」

「実力行使になる」

 男がきつい目つきのまま、薄笑いを浮かべる。

「実力、あるのか?」

「君たちが使う実力とは種類が違うがね」

 男が身を乗り出して声を落とす。

「私の実力、見たいか?」

 佐藤は一切動じない。声を落として、ささやく。

「私の部下の首を青龍刀で掻き切る気か? 生首を交渉のテーブルに載せるのが君たちの流儀だということは聞いている。使ってみるがいい。私は、同じ土俵では争わない。法と情報が我々の武器だ。戦場は日本だ。君たちが相手なら、面白い戦いができる。勝者は言うまでもないがな」

 男がさらに笑いを広げる。

「家族、あるのか?」

「私にはいない。脅しは効かない。だが、君たちが分をわきまえなければ、その情報が公開される。君たちが行う暴力行為は全て映像付きで記録され、ネット上で公開されることになる。即、テロリスト認定だ。テロ等準備罪法案っていうものがあって、1人が法を犯せば組織全体が処罰される。資金の流れも遮断される。資金を供給する者も同罪だ。国外追放されるお仲間も数知れない。君の同胞が作ったネットワークはズタズタに切り刻まれる。君の祖国が、それを許すか? 君は、祖国の手で抹殺されるのではないか?」

 何も知らないウエートレスが笑顔を浮かべ、水のピッチャーを持ってテーブルに近づいていた。だが小声で交わされる会話に、〝抹殺〟という単語を聞きつけたのだろう。にらみ合う男たちに目を向けた。1人はスキンヘッドの大男、もう1人は厄介な外国人の雰囲気を漂わせている。

 一気に笑顔を凍りつかせ、そのまま通路を行き過ぎて行った。

 男の笑いがこわばる。

「祖国、もう、手を打っている」

 ウエートレスの振る舞いに気づいていた佐藤が、異様ににこやかな表情を浮かべる。

「確かに、君たちがばらまく金と女に目がくらんだお偉いさんは数知れない。彼らのコネクションは行政機関にも政府の中枢にも根を張り、マスコミを巻き込んで政権交代さえも試みる能力がある。表向きはチャイナスクールなんて小綺麗な名前で呼ばれてるがね。だが、その情報が開示されれば、大方は実質的に職を失う。特定秘密保護法は、役人や政治家を善良な公僕に戻すために作られた。ちなみに、私を陥れようとしても、その過程の全てが公開される。脅しそのものが、君たちの手足を縛ることになる」

「できるはず、ない」

「今まではやらなかった。だが、できないわけではない。情報は蓄積されている。あとは、どうやって開示するかだけの問題だ。ネット環境の充実のおかげで、新聞やテレビに歪められない情報発信が可能になった。君たちに尻尾を振るマスコミの飼い犬たちも手が出せない。ちなみに、ネットのおかげで君たちの傲慢さに腹を立てている日本人も確実に増えている。我々を本気にさせたいか?」

「あんた、役人ちがう。私と同じ、アウトロー」

「その通りだ。だが、アウトローに仕えているわけではない。私は法を犯し、情報を操作し、手を汚す。だがそれは、手段に過ぎない。その手段を何の目的で行使するかは、クライアントが決める。クライアントの中には、君たちのやりすぎに憤っている者も多い。消えてくれれば大助かりだという者も多い」

「ハッタリ、か?」

 佐藤はさらに笑顔を広げ、スマホを取り出した。身を乗り出して男に画面を見せる。遠目には、まるで孫の写真でも自慢しているようだ。だが、口調は冷たい。

「言葉だけで信じろとは言わない。これがお前のお仲間のリストだ。お前たちが中国共産党の工作員であることはいうまでもない。さらにお前の手下が、日本に保護を求めている民主活動家の団体に頻繁に出入りしていることも掴んでいる。反中国共産党を装ってはいるが、裏で共産党の指令を受けていることもエビデンス付きで調査済みだ。小遣い稼ぎの死体ビジネスを暴いてお前らをテロ団体に指定すれば、その資金の流れを断てる。今までは大目に見てきたが、中共が金と時間をかけて育ててきた親中派の議員も自由に動けなくなる。テロリストを支援すれば、政治団体の銀行口座まで凍結されかねないからな。これまで作り上げた中共サポートコネクションは、一夜にして瓦解する。繰り返す。お前の組織がそんな破局を引き起こせば、共産党から抹殺されるんじゃないか?」

 男が真顔になる。

「どうすればいい?」

「やっと日本語が理解できるようになったな。今まで通りの商売を続けたければ、指示に従え。従えば、今回のことは不問に伏す」

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