第4章・肉迫

13・高橋翔太

 高橋は、コンビニから回収した荷物をアニメショップの紙袋から出して、笑みを広げた。

「スミレ……やっと衣装が出来上がったよ。絶対、君にぴったりだよ。綺麗に変身させてあげるからね……」

 そして、壇上で決めポーズを取っている全裸の〝等身大フィギュア〟を台座から外し、あらかじめ敷いてあったマットの上に愛おしげに横たえる。左右の足に派手な装飾をあしらった紫のニーソックスを通して柔らかいトウシューズを履かせると、再び台座に戻す。

 そして胴体に前面からコスチュームをかぶせていく。簡単に装着できるように、背面に留め具を集めた構造になっている。一般の洋服とは根本的に作りが異なる。それなのにアニメの印象が見事に再現されていた。シルエットもボリューム感も少しも損なわれていない。

 サイズはピッタリで仕上がりも丁寧、素材や縫製に安っぽさは一切ない。素人が遊びで作るコスチュームとはレベルが違う。まさにプロの情熱の結晶だ。

 さらに、左右の腕に手の甲から肘までを飾る紫の手袋――オペラグローブをはめていく。最後に、紫色のウイッグをかぶせて形を整える。

 衣装を着せ終えた高橋はスポットライトに浮かぶ3体の〝等身大フィギュア〟を眺めながら笑みを広げた。

「やっと3人まで揃ったね……もうすぐローズがやってくるから、賑やかになるよ。それまで寂しいだろうけど、我慢しててね」そして、真顔に戻る。「さて、まだやることはたくさんあるよね。どうやったらサクラを呼び出せるのか、計画を立てるように言われているから……」

 それは、メールソフトに書き込まれていた〝電波〟からの命令だった。

 高橋はノートパソコンを開いた。そして、小田切遥のインスタグラムを表示させる。最新のものだけではなく、過去の画像までを次々に拡大し、舐め回すように細部を確認していく。いかにしてサクラに接近するか、映像にヒントを求めていた。

「カフェで撮影なんて珍しいよね……ここ、どこなんだろう……こっちのお店は、見たことあるかも……ここは1年3ヶ月前に一緒にお仕事したアニメショップだよね……あ、この飾りって、こんなふうに作るんだ……あ、そういえば、このネットカフェとかにも時々行くんだったよね……ここからは海外旅行の写真か……」

 お気に入りスイーツのアップや製作工程の紹介には、遥の手元が写り込んでいることも多かった。その手首は、いつも大きめのシュシュで飾られている。それは、遥のトレードマークとも言えるようなアイテムなのだ。

 しかし、いくつかの画像には手首の傷がわずかに写り込んでいる。

 高橋は、手首が大きく写った写真をさらに拡大した。

 シュシュの下のリストカットの跡がかすかに見えていた。

 悲しげにつぶやく。

「辛いだろうね……きっと、何度も死のうとしたんだよね……。僕には分かるよ。僕たちみたいな性格だと、なかなか世の中に溶け込めないから。オタクだとか、キモいだとか、イミフとか罵られて……遥ちゃんもずっといじめられてきたんだよね。たとえ同じような趣味の人が近くにいたって、なかなか本当の友達になんかなれないもんね……。ひとりぼっちだったんだよね。だから、死にたいんだよね……。僕も、そうだった……。でも、僕たちが出会ったのは運命なんだから。だから電波を送ってきてくれたんだろう? たった一度しか会っていない僕に、助けを求めてきてくれたんだろう? ちゃんと受信できてるよ。君の声は届いてるよ。だから、僕たちは愛し合っているんだ。だから絶対に引き裂かれないように、僕が考えるから」

 そして、モニターに映し出された手首の傷にそっと触れる。

「僕が助けてあげるからね……遥ちゃんを、この苦しみから解放してあげるからね……だから、もう少しだけ待っていてね……あと少しだから……」

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