7・小田切遥
スマホを握りしめた遥は、心細そうな声で切り出した。
「あの……先日、凪ちゃんの件でうちに来ていただいた小田切ですが……」
家の中は散らかっていた。海外旅行から帰ったばかりで、その間はスタッフも休暇を取っていたのだ。一応は仕事にひと段落つけてから日本を出たのだが、旅行の荷物や土産物をとりあえず仕事場に放り出していた。
シャワーを浴びて一息ついた遥は、真っ先にパソコンをつけて仕事依頼のメールをチェックした。
個人的な連絡はiPhoneのSNSで取れるが、受注用のアカウントは仕事場のiMacにしか入れていなかったのだ。仕事と趣味が一致して、しかも自宅が仕事場なので、そうでもしないと生活に区切りがつけられないからだった。
だから遥の寝室は、大型モニターにつないだファイヤーTVスティックとおびただしい量のアニメ本でしか外界と繋がっていない。趣味に集中する時間を確保し、新しい情報を吸収し続けるには必要な手段だった。
メールを読んですぐに、遥は沖に連絡すべきだと決めた。
電話の先で、沖信彦が緊張を高める息遣いが聞こえた。予期していなかった電話なのだろう。
『はい、沖です。何かありましたか⁉』
その声には期待が現れている。しかし、声自体は妙にくぐもっていて、体調が万全なようには思えない。
「すみません、急にお電話してしまって……あの……どこか体調がお悪いんですか?」
わずかな間ののちに返事がくる。
『凪を探して、あっちこっち探っていたんです。それが気に入らない連中がいたらしくて、ひどく殴られました……』
「そんな……」
『いいんです。私がしつこかったのがいけないんですから。それより、なぜお電話を?』
「ひどく気になることがあって……」
『凪のことですか⁉』
「ごめんなさい、全然関係ないかもしれないんですけど……」
『構いません。何でもいいんです。気になることがあるなら、教えてください!』
「あまり期待しないでくださいね」
『分かっています!』
「わたし、コスプレの衣装とかウィッグとかを作っているのをお話ししましたよね。ここしばらくタイに長期バカンスに行っていたんですけど、予定より少し長引いちゃったんです。帰ったら仕事依頼のメールがたくさん溜まっていて。さっきまとめて開いたら、その中にすごく気になるものがあったんです」
『コスプレの依頼に? どんな内容ですか?』
「サイズからいうと、小学生高学年ぐらいの大きさなんですけど、『フェアリーコンバット』っていうアニメのキャラが変身した後のコスチュームなんです。結構タイトな衣装なんで細かい部分まで丁寧に採寸してあって、イメージ画像だっていって、アニメの画像に人物の顔写真を合成したものが添付してあるんです」
興奮を抑えられない声が届く。
『写真! 凪なんですか⁉』
「いえ、はっきりとは分からないんですけど……。わざわざ目のあたりにモザイクを入れてあるし、そもそも凪ちゃんの顔はあまりはっきり覚えていなくて……。ほら、私たちオタクっぽい人たちって、あんまり人の顔をジロジロ見られないんで……」
『でも、気になるんですね⁉』
「はい。もしかしたら、って……。凪ちゃんって、何だか雰囲気がローズに似てるなって思った記憶があって……」
『ローズ……ですか?』
「あ、『フェアリーコンバット』のメンバーです。赤が基調のバラの戦士。それに、気になることは他にもあるんです」
『どんなことですか?』
「『フェアリーコンバット』って、5人のチームなんです。依頼主は初めてのアドレスから送ってきてるんですけど、同じような依頼が何件かあって。それも、ほぼ1ヶ月おきに……」
『同じような? 何が似ているんですか?』
「依頼文の言葉遣いとか、書式とか、わざわざイメージ画像を添付してくるところとか……。それに、『フェアリーコンバット』のメンバー衣装を順番に指定しているんです。最初はレモン、そしてミント、スミレ、今回がローズなんです。どれも、小学生か中学生ぐらいのサイズで……」
電話口で沖が息を呑むのが分かった。
『それ、みんな送信元のアドレスがバラバラだったりしますか?』
「え? 分かります? 実は、そうなんですけど……」
『同1人物が衣装を集めていることを隠そうとしているんでしょうか……?』
「最初はわたしもそう思いました。ヒーロー戦隊物の依頼は過去にも何件かありましたから。姉妹で欲しいとか、お友達の分だとか。でも、だいたい『一度に納品して欲しい』って言ってくるんですよね。作るのは順番になりますけど、1人だけ先に届いたりすると喧嘩になったりするんでしょうね。1ヶ月ごとに一着なんて、初めてなんです。しかもサイズはみんな違っていますし。わざわざアドレス変えるなんて、どうしてでしょう……? コスプレ趣味って、嫌われたり馬鹿にされることはあるけど、犯罪ってわけじゃないし……」
『届け先は⁉ 指定の届け先は一緒なんですか?』
「それも思い出してみると変なんですよね。コインロッカーの暗証番号が書き込まれていて『ここに入れて欲しい』とか、どこそこのコンビニ着で送って欲しいとか、バラバラなんです。家とかマンションやアパートの部屋を指定してきたことってないんです。他にも注文はたくさん来るから今まで気にしなかったんですけど、凪ちゃんのことを思い出したら急に変に感じてしまって……」
『警察に話したりしましたか』
「何をですか?」
『奇妙な注文が来てる、とか……』
「まさか。わたしの目からは変に思えますけど、それ、お客さんの都合ですから。コンビニ宛てって、結構多いし。警察って、犯罪がらみじゃなければ知らせる必要ないんでしょう? 思いつきもしませんでした。正直、サイズが違っていることも今まで何とも思いませんでしたから……」
『まあ、そうですよね。でも、サイズが違うことは確かなんですよね?』
「はい。手作りの人形のコレクターとかが着せたいっていう場合もあるかもしれないんですけど、それにしてはサイズのばらつきが大きすぎるような気もするし……」
『あの、ご迷惑でしょうけど、もう一度お邪魔して構わないでしょうか? 依頼のメールとか、添付写真とか、自分で見てみたいんですが』
「転送しましょうか?」
『できれば直接お話を伺いたいです』
「でしたら、お願いがあるんですけど」
『何でしょう?』
「凪ちゃんのサイズ、分かりますか? 細かい点は不正確でもいいんですが」
『元嫁に聞いてはみますが、最近採寸した記録があるかどうか……』
「でしたら、普段着ている服を何着か持ってきてくださいませんか? 最近きつくて着られなくなったようなものがあるとサイズが分かりやすいんですけど」
『探します』沖は断定的に言った。『では、明日お邪魔します』
電話を切った遥は1人つぶやいた。
「あ、大事なこと、言い忘れちゃった。注文が入るのはいつも満月の夜だって、教えとかなくちゃ……。ま、いいか……どうせ、すぐ来るんだから、その時に言えばいいや」
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