エピローグ

「……神谷チーフ。本当にこれで良かったんですか?」


「ん? あぁ。良かったんだ、これで」


「たしかに、神山さんを下界に行かせた理由のこの私にありますが、神谷チーフにあるんですよ? 」


「あぁ。良いんだ良いんだ。俺も、神山にはいつか下界に降りてもらおうと考えてたからな。まぁ、それはあいつと出会ってから今日まで、30年くらい実現しなかったが」


「私が神山さんを下界に行かせようとしていたこと、神谷チーフは最初から知っていたんでしょう?」


「知ってたよ。伊達に長く神様やってないからな。こう見えても、洞察力を買われてチーフになったんだ。意外と優秀なんだぞ?」


「それは恐れ入りました。私が神山さんを嵌めて下界に落とそうとしてることを最初から知っていたのであれば、普通は上司である神谷チーフは騒ぎになる前に止めないといけない。それでも止めずに、むしろ積極的に私に協力して神山さんを下界に落とそうと……、いえ、下界へ行かせたのは、神谷チーフなりの理由があったからですよね?」


「はっはっは! お前は頭が良いからな。俺の考えも既に見透かしていたわけだ」


「単刀直入にお聞きしますが、神谷チーフは、なぜ神山さんを下界に行かせたかったのですか?」


「……あいつは優しすぎるんだ。あいつこそ、区域担当神には向いていない。例の女神と同じようにな」


「今思えば、たしかに神山さんは私を指導してる時も優しかったです。他神が見れば単なる無関心にも見えますが、神山さんは決してそうではなかった。たとえば、私はその時は演技上そっけない対応を取ってしまいましたが、場を和ませようと気を遣って下さいましたし、また指導も私のレベルに合わせて変えてくれようとしました。そしてなにより、私が神山さんを下界に落とすためのミスを演じた時、少しも私を責めることなく責任を被って下さいました。普通は、下界に落ちるくらいの大きい責任を取ることなんて、なかなか覚悟はできないものじゃないですか? それを、私を庇いすぐに覚悟を決めて、そして責任を被って下さったんです。優し過ぎるというか、情に流されやすいというか……。神山さんは最後まで心の優しい神様でした」


「あいつとはもう30年の付き合いだ。それこそ、あいつが区域担当神になりたての頃から知っている。あいつの教育を担当したのは俺だからな」


「え……?神谷チーフは、神山さんの教育担当神だったんですか?」


「そうだ。実は、あいつが研修神の時に受けた卒業試験もギリギリだったんだよ。雨があまり降らなくて苦しんでいる場所へ雨を降らそうとするわ、運が悪く不幸に陥っていた人間の運勢を良くしようとするわ……。何から何まで情に流されやすい奴だった。俺が甘めに審査して、かつ区域担当神になってからもしばらく指導してたから、だんだんと情に流されなくはなったけどな」


「じゃあ神山さんは、だんだんと情に流されなくはなったとはいえ、ずっと自分の本心を隠したまま区域担当神の業務に当たられていたのですか?」


「そういうことになる。だから俺は……、もっと神山に自由に生きてほしかった。自分の本心を隠さずに、もっと堂々とな」


「それで、情を入れても何の問題もない下界に行かせたかったわけですね?」


「その通りだ。ただ、まさか上司に当たる奴が、その部下に下界へ行ったらどうだ? なんてことは言えるわけがないし、ましてや俺は神山の指導神だ。最終的に区域担当神になることを許可した俺が、その区域担当神に下界へ行くことを勧めてしまえば、天界全体のルールが変わりかねない。指導神としての示しがつかないんだ。だから、今回神山を下界に行かせたいという神楽の思惑を知った時、またとないチャンスだと思ったんだ。悪いな、利用してしまう形になって」


「いえ、私こそ勝手なことをしてしまい、神谷チーフにはもちろん、神山さんにも申し訳ないという気持ちが正直です」


「下界に降りた神山は、神楽から見てどう映る?」


「え?」


「下界に降りた神山は、天界にいた頃よりも幸せだと思うか?」


「えっと……。天界にいた頃の神山さんはわずかしか知らないのですが、天界にいた頃の神山さんは自分を押し殺していた、という神谷チーフの話を聞いた後では、下界に降りた神山さんの方が、なんかこう、生き生きしている印象を受けます」


「そうだろ? 俺も同感だ。あいつは絶対に下界の方が合っている。約30年間、自分を押し殺して生きてきたあいつには、せめて残りのくらい、本心で生きてほしい。これがあいつの指導神としての最後の指導だ」


「そうですね。私の思惑としても、凪沙さんの夢のサポートは神山さんにしか出来ないと思っています。だから、私は私なりに、天界からお二人を見守っていたい。それが、私を指導して下さった指導神の神山さんと、そして幼少期の私を救っていただいた凪沙さんへの恩返しです」


「お前ももう十分見てきたと思うが、あいつは下界で情に流されまくるだろう。だからお前がしっかり見守ってやってくれ。もちろん、お前は情に流されるんじゃないぞ」


「はい! お任せください!」


「ほら、下界を見てみろ。早速神山が、元女神のあの子に振り回されて、情に流されてるぞ!」

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下界の神様奮闘記 LUCA @lucashosetsu1

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