大人の(アクロバティック)言い訳
他山小石
第1話
大人になるに従って増えていくことは何だろう。
それは仕方ないという言葉ではなかろうか。人生を積み重ねていくうちに無難な選択をし続けるようになる。
冒険をすることはなくなり自分に対しても可能性に蓋をするような言葉をついつい重ねてしまう。
仕方ない。それは仕方なかった。
挑戦しないことの言い訳。
俺は新たな挑戦のつもりで「赤いきつね」「緑のたぬき」コンテストに挑んだ。
だというのに何を恐れている?
目の前にあるのは緑のたぬき。
新たな可能性、トッピングを試そうとその手にはレモン。
どれだけ入れるのか入れないのか。
どこまで行けば味を損なわずにアレンジできるのか。
こいつをスーパーで思いついた時、俺の肩をたたき止めてくれる親友はいなかった。家に帰った時、出迎えてくれる家族も「無理をするな」と言ってくれる伴侶もいなかった 。
俺は一人だった。
40前後にもなれば行きつけのバーでライムを片手にテキーラを嗜む、そんなおじさんになれると思っていた。だが実際はどうだ? レモン片手にソバを前にして怖気付いている。このままでいいのか?
やるぞ……やってやる!!
レモンを半分だけ入れることにする。
一つ入れなかったのかだって? 臆病と笑わないでくれ。食べ物は粗末にしちゃいけないのだ。
さて一口。
そこそこいける。いや酸味は間違いじゃない。これがきつねうどんならばあわなかったかもしれない。
そこでひとつ、もう一つ冒険をしてみた。味付け海苔だ。もう一口。あーこれうまいわ。よく考えたらざるそばにも海苔って付いてるもんな。
挑戦のつもりだったが、無難。
まるで俺の人生だった。
なにかの配合を間違えて、口にするのも恐ろしい闇を生み出さなくてよかったと安堵しつつ、無意識で無難なトッピングを選んだ自分を恥じる。
一歩、前に進む勇気が必要だ。
どこのビジネス啓発書にも書いてそうな無難なフレーズが頭に浮かんだ。
美味しく頂けたのだが、問題が残った。
出汁に酸味がありすぎて飲み干せない!!
いや、高血圧なんだから、飲み干しちゃいけないんだ、勇気ある撤退が必要なのだ。
また「仕方ない」である。
やれやれ、心まで老いてきているのか。
しかし、レモンを少量たらしたら、アクセントになってうまい。
確かに得たものもあったのだ。
だがしかし、ここで俺は余計なことを思い出してしまった。
ネットには先人がいるんじゃないのか?
そして調べてみた、ああやめときゃよかった、ばっちりいたよ、本当にいたよ、こいつレモンの輪切りをたくさん乗せてやがるぜ、俺よりもドデケエ勇気あるぜチクショーメー!! 見えない誰かからの「お前何番煎じだよ」と言った声が聞こえてきそうな気がする。
だが、うまかったのだ、そこは本物なのだ。
百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず、百考は一行に如かず。
行動は名月が照らす夜空の中に埋もれた星の輝きのようなもの。
確かにそこにある。価値はある。見えにくいだけなのだ。
年を重ねると、言い訳も長くなる。ごちそうさま。一抹の敗北感と共に。
大人の(アクロバティック)言い訳 他山小石 @tayamasan-desu
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