第13話:三者談合

田上沙希


        神戸市 ピザハウス『peppino』


 店先でガイとブガチョフが言い争っている。二人は犬猿の仲だ。お互いに組織のナンバー2。お互いに難物の上司がいる。今のニクソンとベリヤみたいなものだ。それで、田上は二人の間を行き来するカストロみたいな奴だ。バティスタというよりは、そちらの方が相応しいだろう。


「どうして、共産野郎コミーが此処にいる」


「それはこっちのセリフだ。糞野郎ストゥーカ


 お互いがお互いの言語で罵倒し合う。埒が開かない。世の中の縮図が此処にある。


「顔を突き合わせて叫ぶなら、もう少し忍ぶべきだな。御二方」


 田上は肩をすくめながら横入りした。地下鉄の席に座らせもらう様に。

 ガイはその言葉にいち早く反応し、言い返してきた。


「田上。お前が情報を得ただのと言うから来てやったが、どうしてアカがいる。おまけにみかじめ料はどうした。ピザ屋は潰れたか?」


 ブガチョフも容赦がない。間男になった気分だ。


「私もこの米国人と同じ事を告げられている様だな。田上。説明願えるか?それと、どうしてピザ屋なんだ」


「OK。よく分かってる。イエスもたまげる程にな。だから、そう後生だから、店の中で話そう」


 そう言って、田上は二人を無人のピザ屋へ招き入れ、店め前の掛札を『CLOSE』にひっくり返した。

 閑散とした店内。ガイとブガチョフは思い思いに店内の席に陣取った。ガイはボックス席の端に、ブガチョフはカウンター席に。田上はどうするべきか迷いながら、みかじめ料の詰まったピザの箱と銃剣を片手に、二人のちょうど真ん中に位置するテーブル席に座った。

 二人の間は正しく東西冷戦の様相を呈している。


田上が話を切り出す。「さて、まず何から話すべきだ?」


ガイが言った。「お前が此処を指定した理由からだな」


ブガチョフが胸ポケットからハンカチーフを取り出して、顔に浮かんだ汗を拭き取った。「その前に、どうして私とお前、双方を同時に呼びつけたか、だろう」


田上はピザ箱を開いた。「前者に関しては、ビザのクーポンが余っていたというのと、みかじめ料の徴収が差し迫っていたから。後者に関しては、この件が天秤を蹴飛ばす可能性があったからだ」


ガイが釘を刺した。「次に返答に余計な冗談を付け加えやがったら、散弾詰めた靴下で顔が変形するまで殴ってやる」


ブガチョフが鼻で笑う。「野蛮な言い草だ」


ガイはブガチョフを睨み付けた。「お前に何が分かる。何処まで知っている?」


ブガチョフはハンカチをたたみ直して、胸ポケットへ戻す。「そこのヤボンスキーが拾ってきた情報源から知りうる限りのことを知ったさ」


ガイの強烈な視線が田上へと向けられる。


田上は真剣なツラ持ちでそれに応えた。銃剣でマルゲリータピザを切り分けながら。


「少し、デリケートな話だ。まずは、そうだな。私が全黎軍の捕虜を一匹、確保したことから。このことは、ガイには言ってない。一方で、ブガチョフは知っている」


ガイの表情が露骨に歪む。


「まあ、そう怒るな。こっちも順序っていうのがあるんだ。全黎軍のことで、最初に依頼してきたのはスラヴの方だった。先にそっちに報告するのが筋ってもんだろう。で、捕らえた奴が漏らしたことといえば、一つだけ」


 ブガチョフが答えた。「ニイタカヤマノボル」


「その通り。真珠湾攻撃の開始符号、その自動形だ。元は、ニイタカヤマノボレだ」


 ガイが不満と疑念を隠そうともせず、問うた。「そもそもの前提が謎だ。どうして、捕まえた捕虜が全黎軍だと分かる。奴らの存在は俺達より陰謀じみてる。未だに組織のトップすら割れていない。第二に、そんな暗号を知ったとしてどうする。何の役に立つ」


田上はその質問をピザ一切れと共に咀嚼し、呑み込み、そして返答をひりだした。「最初の質問に対する答えは簡単だ。捕虜にしたPKSの奴が全黎軍の徴兵状をホットドッグ屋に渡すのに出くわしたからだ。私も以前、同種のものを受け取ったことがある。だから、分かった」


ガイは不審な表情をなおも崩さない。


「二つ目の質問だが、これに関しちゃ、ぐうの音も出ない。出来ることといえば、奴等の行動原理を推測することぐらいだ」


 ブガチョフが手帳を眺めながら言った。「帝国の再興かね」


 田上は鼻で笑った。「安直だが、悪くないな。だが、非現実的に過ぎる」


 ブガチョフが笑う。「テロリズムというのは非現実的なことを暴力で成そうという幼稚な行為のことではないのか?」


 田上は肩をすくめた。「ここでいう非現実的というのは、集団が共同して抱くモラルというにはあまりに陳腐という意味さ、ブガチョフ」


 ガイがうざったそうに言った。「ジャップが寄り集まるのにそれ以上に有用な何かがあるのか?」


 田上がピザを丸める。「20年もたてば人も変わるさ。それに今は、戦前の日本を知る人間より、この国とも呼べない場所に逃げてきた余所者の方が遥かに多い。後者に訴えかけるなら、もっと別の旗印が必要だ」


 ブガチョフが問う。手帳にペンを走らせる。「例えば?」


 田上はそれに答えず、話を続ける。「私はついさっき、この場所で全黎軍と思わしき女に待ち伏せされていた。話が進むにつれ、それが明らかになり、銃とナイフを突きつけ合う。そして、緊迫しているところにアンタらが到着し、今に至る」


 ガイが訝しんだ。「そう言えば、ハリーは何処だ」


 田上が笑う。「裏で死んでるよ。その女がやった。女はこいつを残していった」


 田上は二人の前で銃剣を振るった。窓から射し込む日光に、ピザの油が付いた刀身が鈍く光った。


 ブガチョフに視線を向け、田上は言った。「奴はこう言っていたよ。『独りよがりな正義を成そうとする連中に、独りよがりな暴力を思い知らせる必要がある』とね」


 田上はまるで耳馴染みのある流行歌の如く謡った。聞いたことの無いはずの、その台詞を。


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