第12話:空っぽの過去
田上沙紀
1941年 満州
黄砂が巻き立つ荒野。延々と続く黄土色の世界。空には陽が無慈悲に照り輝き、全てを干上がらせようと躍起になっている。
その只中に佇むちっぽけな開拓村は、その猛威をただ耐え忍ぶ外なかった。
14歳の少女である田上は絶望に身を焦がすわけでもなく、大地を耕し、井戸から水を汲み、雑穀を育てていた。家族はおらず、他の村人の手を幾らか借りて生計を立てていた。
家族は一年前の冬に、皆、飢えるか凍えるか撃たれるかして死んでしまった。意味もなく、節操もなく、パタリパタリと死んでしまった。末っ子の彼女だけが残されてしまった。
そんなある日、田上のあばら家に徴兵状が届いた。14歳の痩せぎすの少女しかいない。恐らく、戸籍が無茶苦茶になっていたのだろう。死亡届など出す余裕もなかった。徴兵対象は田上の兄だった。いけ好かない奴で、顔も碌に思い出せない。
田上はその徴兵状に従った。なんらその村に未練はなかったからだ。天候を気にせず、イナゴを気にせず、飯を喰えるならよっぽど兵士の方がマシに思えた。そして、身分を偽り、徴兵所まで向かった。身体測定といったものもなく、あっさりと入れてしまった。あの場所では男も女も関係なくやせ細り大して見分けは付かなった。
確かに、拍子抜けだった。地方の部隊というのは驚くほどザルだったわけだ。
女であるということは驚くべき速さで配属先でバレてしまった。北のモンゴルに近い方に持っていかれ、常に厚着だったにも関わらず。いや、冗談だ。わざとバラしたのだ。そして、自身の有用性を示した。特例を認めさせた。
田上は往々にして一人前に戦ったし、男では出来ない仕事だってした。つまりはそういう事だ。
そして、戦いに戦い抜き、行き着いた先は三度目のノモンハン。地獄を見た。正規軍がゲリラ化するまで抵抗し、終戦を迎えた。よく生き残ったものだと自分でも思う。
そして、あの銃剣の引っかかりは、あの戦いの中にある。
あの銃剣は督戦隊のものだ。逃げ出す味方の背中を刺す代物。刻まれていたのは第七連隊の紋章だ。馴染み深いシンボルだ。
過去が追ってきている。その悪寒を覚える。逃げられはしない。何人たりとも。
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