第10話:プルトニウム満載警報

 ガイ・ストーナー


               神戸市 ユナイテッド・フルーツ・カンパニー本社ビル


 豪奢な社長室。室内にはドーナツとウイスキーの香りが漂っている。その総カロリー数ときたら正しく原子爆弾アトミック・ボム級。

 そして、ガイの眼前に座る男も同様に、原子爆弾アトミック・ボム級だった。体の大きさも、有している資産も、握っている権力も。


「ガイ。俺は貴様にカジノを任せたはずだ。そうだな?」


 全てが原子爆弾アトミック・ボム級の男、ガイのボスであるミッキー・カーボは言った。


「その通りです。ジパングの名目上の支配人は俺が担当しています」


 ガイは事実だけを述べた。他に何も必要は無い。


「その通りだな。ガイ・ストーナー。俺の金が詰まったカジノをお前に任せ、資金繰りも委任した。そして、どこぞの誰かも分からん与太者どもに全てを搔っ攫われた。そうだな?」


「イエス・サー」


「それで、お前はどうする?」


「事態を全て解決したのち、身を引きます。望むなら、この世からも」


 ガイは感情を感じさせず、淡々と言った。


「事態の解決とは、具体的に何を指す?カジノに落ちた吸い殻でも拾い集めるのか?」


「事の主犯を見つけ、しかるべき対処を下し、金を取り戻し、カジノを再び経営出来る状況まで戻します」


「そのしかるべき対処の中に、アカいマフィア共の対処も含まれているのか?金などよりも其方が問題だ。恐ろしいことに、あのCIAからもせっつかれている」


「三度目の世界大戦だと?」


「そこまでは言いたくない。だが、此処では我々が合衆国の代理人だ。どちらの見解がどうあれ、此処は緩衝地帯。火薬どころか、プルトニウムが詰まっているといっても過言じゃない」


 ガイは無言でうなずいた。


「この緩衝地帯が成り立っているのは、アカと我々が絶妙な利益の天秤を保っているからに過ぎない。此処は、タックス・ヘイヴンにして、世界の武器庫だ。消費と生産の要だ。双方にとってのな」


「襲撃に関しては、全黎軍の仕業だという情報もありますが・・・」


「確証が無ければ意味はない。疑念はあってはならない。特に、アカとの間には」


 そう言って、ミッキーはビルの外の景色を眺めた。遠くでは工場から白煙が立ち上り、街のネオンの光によって、極彩色に染まっている。


「確証なんて何処にも無いとしてもだ。限界まで情報の確度を高める必要がある。そうでなければ、共同出資など出来るはずもない」


「猶予はどれほどまで頂けるのでしょうか」


 ガイは慎重に問うた。


「近くスラヴ・ヴリューとの会合がある。それまでに全貌を掴め。言うまでもないが、手段は問わん。CIAに貸しを作っても構わん。ただし、報告は忘れるな。いいな?」


 ミッキーはそう言って、ドーナツを噛みちぎり、ウイスキーで流し込んだ。


 見ているだけで胃もたれを催しながら、ガイは考えた。この申し分なしに有能な上司ボスが言ったことに対する唯一の疑念についてだ。

 ボスは、二大国の相互利益の均衡によってのみ、此処が緩衝地帯足りえているといった。しかし、その論理は割り切りすぎている。確かに、此処は国ではない。だが、人が暮らしている。住人がいる。あらゆる人種、宗教、思想にせよ、同様にこの地で暮らしている。それを忘れている。勘定に入れていない。


 結局、ガイはこの疑念を口には出さなかった。

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