第3話:病気を治せ!

ゴブリン屋敷に来てから、数週間経った。

今ではここでの暮らしにも、すっかり慣れている。

身の回りの世話も全てやってくれるし、お食事も美味しかった。


『アイカル、ふ、不自由はないか?』


「は、はい、とても快適でございます」


シンシさんは、相変わらず無愛想だ。

だけど、私を大切に想っていることは伝わる。

お食事中の会話でも楽しませようとしているし、屋敷だって私が過ごしやすいように整えてくれていた。

それでも、一つだけ気になることがある。


(なぜか、わざと私に近寄らないようにしてるみたい。もしかして、私にダメなところがあるのかしら?)


その日も夕食が終わり、いつものように部屋へ案内される。

ラトーバさんがさりげなく、体を搔いているのに気が付いた。


「あの、ラトーバさん」


『はい、いかがなさいましたでしょうか。アイカル様』


「体が痒いんですか?」


(お肌の病気なのかしらね)


ラトーバさんは、ハッとした。

そして、申し訳なさそうな顔で言ってきた。


『これは、大変失礼いたしました。お見苦しいところを、見せてしまいました。実は我々ゴブリンは、先祖代々皮膚病がありまして。と言っても、どうかご心配なさらないでください!他の種族にはうつりませんから!』


(それで、あんなに肌がかぶれているんだ)


そういえば屋敷のゴブリンたちは、みな体が痒そうにしている。


「治らないんですか?」


『それがどうにもならないのです。ありとあらゆる塗り薬、飲み薬、秘薬を試したのですが、さっぱり効果がありませんでした。私どもは、もう諦めております』


(ひょっとすると、私の『不浄』スキルが使えるかもしれないわ)


スライムの病気を治した記憶が蘇る。

もし仮に、モンスターに効くものであれば、ゴブリンたちにも効果があるはずだ。


『それでは、私は失礼いたします。おやすみなさいませ、アイカル様』


「あ!ちょっと待って!」


出て行こうとするラトーバさんを引きとめた。


『どうされましたか?』


「私、スライムの病気を治せたことがあるんです。もしかすると、ラトーバさんの病気も治せるかもしれません」


ラトーバさんは、ポカンとしている。


『いや、しかし……先ほど申し上げたように、どれほどの薬を試しても……』


「人間のスキルを試されたことはありますか?」


『い、いえ、それはまだ……私たちは嫌われてますから』


「それでしたら、そこに座ってください」


『は、はぁ……』


私はラトーバさんを座らせ、服をめくった。


(……なんて、ひどいの)


服に隠れた肌は、見るも無残な姿だった。

おそらく、色んな薬を使ったせいだろう。

シワシワのガサガサで、皮膚が薄く剝がれているところもある。


『汚い物をお見せして、申し訳ありません』


ラトーバさんは、悲しい表情をしている。

私は何とかしてあげたいと、強く思った。


(確かあの時は、手の平に魔力を……)


記憶をたどりながら、意識を集中していく。

やがて私の手が、白っぽく光った。


『おおっ!』


そのまま、ラトーバさんの腕を撫でていく。


(少しでも治ってくれると、ありがたいんだけど)


撫でたそばから、ラトーバさんの腕はとてもキレイになった。


『す、すごい!まさか、こんなことが……!』


(良かった、やっぱりモンスターには効き目があるみたい)


「さ、他のところも見せてください」


私はラトーバさんの体を撫でていく。

あっという間に、全身の肌がキレイになった。

肌だけじゃない、髪はツヤを取り戻しキラキラしている。


(え?)


ラトーバさんは…………ダンディーなオジサマになっていた。


「ラトーバさん!鏡を見てください!」


私は急いで鏡を渡す。


『こ、これが、私……!?し、信じられません……どんな薬でも治らなかったのに!』


(そうか!ゴブリンの見た目が悪かったのは、病気のせいだったんだ!)


『アイカル様!これは奇跡です!あなた様は、神が遣わしてくださった、天使様です!』


ラトーバさんは床に跪いて、しきりに感謝している。


「そ、そんな、大げさですよ」


『さっそく、旦那様にお知らせしましょう!』


ラトーバさんは、いきなり私を引っ張っていく。


「ちょっと、ラトーバさん……シンシさんはもう寝てるんじゃ……!」


『いいえ!旦那様は絶対に、まだ起きておいでです!』


さらわれるように、シンシさんの部屋まで来た。

ラトーバさんは、ノックもせずに入ってしまう。


ガチャッ!


シンシさんは、何かの肖像画を眺めていた。

私たちが部屋に入ると、慌てて隠す。


『う、うわぁ!だ、誰!?ア、アイカル!』


ドサッ。


バランスを崩し、肖像画が床に落ちた。

私の絵だ。

たぶん、父が送ったものだろう。


(まさか、食後ずっと見ていたのだろうか)


微妙な空気が流れる。


『き、君は誰だ!?アイカルから、す、すぐ離れろ!でないと……!』


『旦那様、私はラトーバでございます』


『ラ、ラトーバだって!?』


『アイカル様が治してくださったのです』


ラトーバさんは私が皮膚病を治したことを、簡単に説明した。


『まさか、そんなことが……』


「シンシさんの病気も治せると思います」


『い、いや、しかし……』


「イスに座って、上着を脱いでください」


『旦那様、ぜひ』


『そ、そこまで言うなら……』


シンシさんは、ノロノロと服を脱いだ。


「触るだけですからね」


『な、なんて心地よい気分なんだ……』


あっという間に、シンシさんの体もキレイになった。


(う、うそ……!?)


目の前には…………これ以上ないほどに容姿端麗な男性がいた。

高い鼻、銀で出来ているかのような眩い白髪、つぶらな瞳、そしてスタイル抜群の体型。

エルフが最もルックスが良いって言われているけど、それは絶対に間違いだ。

この世で一番美しい種族は、ゴブリンだ。

シンシさんを見れば、誰だってそう思う。


『旦那様、鏡を』


『こ、これが……私……』


シンシさんは、鏡をしきりに見ている。

思い切って、私はずっと疑問に感じていたことを聞いた。


「あ、あの、シンシさん、一つ聞いても良いですか?」


『う、うん』


「どうして……私を避けているのでしょうか?」


シンシさんは、俯いてしまった。

私は、慌てて補足する。


「あ、あの!私に至らない点があるのかと思いまして!人間が妻になるなんて、色々大変でしょうし!」


『ア、アイカル。すまなかった。私は……いや、僕は……自分に自信がなかったんだ』


シンシさんは、絞り出すように話してくれた。


『ゴブリンは……その……醜いだろう?僕なんかじゃ、君と釣り合わないと思っていたんだ。本当に情けないよ。せっかく、こんなに美しくて優しい人が来てくれたというのに』


(それで、私を避けてるような気がしたんだ)


『見損なったろう?』


「いいえ」


私はシンシさんを、正面から見た。


「シンシさんは私のことを、とても大事にしてくださっているじゃないですか。さっき、ラトーバさんと来た時だって、真っ先に私の身を心配してくださいました。私は、シンシさんが大好きです」


シンシさんは、キョトンとしている。

しかし次の瞬間には、意を決したように言ってきた。


『こんな僕で良ければ、死ぬまで一緒にいてほしい。だから……僕の妻に……なってくれるか?』


あまりにも深刻な顔なので、私は思わず笑いそうになってしまった。


「もうとっくに、妻になっておりますよ」

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