第2話:嫁ぎ先は、ゴブリン屋敷!

(これからどうなるんだろう……?)


ゴトゴト馬車に揺られながら、私はずっとふさぎ込んでいる。

外の景色を眺めていると、昔の記憶を思い出した。


(そういえば、スライムの病気は治せたことがあったな)


幼いころ屋敷の庭に、小さなスライムが迷い込んだ。

触ると体が熱かったので、何かの病気だと思った。

まだ『不浄』スキルがどんな物かわからなかった私は、スライムに力を使ってしまったのだ。

しかし、スライムの熱はみるみる下がり、元気に帰っていった。


(そのあとね。自分の体に、『不浄』の力を使っちゃったのは)


モンスターの病気がいくら治せようが、そんなものは何の意味もない。

人間の病気やケガが治せないと、存在価値などないのだ。


「アイカル様、着きましたよ」


御者に言われ、私はハッとした。

いつの間にか、目的地に着いていたらしい。


「ここが、ゴブリン屋敷……」


うっそうとした森の奥に、これまた不気味な館が見えた。


(あそこで一生暮らすのか……)


自分の行く末を思うと、とても暗い気持ちになる。


「それでは、私はこれで失礼します」


「あっ、ちょっと……」


御者は、さっさと帰ってしまった。

ポツンと立っていると、館からオンボロの馬車が来た。


(なになになに!)


執事服の男が、さっそうと降り立つ。


『アイカル様、大変お待たせいたしました。申し訳ございません、準備に手こずりまして。私は執事のラトーバと申します。お迎えにあがりました』


ゴブリンだ。

ゴブリンの執事だ。

片手を胸、もう片手を背中にあてる、お決まりのポーズをしている。


「は、はい……どうも……アイカル・カラベッタ……です」


びっくりして、私はたどたどしい挨拶をしてしまった。


『では、どうぞ、こちらの馬車に。みな、あなた様がいらっしゃるのを、それはそれは心待ちにしておりました』


私は馬車に乗った。

見た目はボロボロだけど、中のイスはとても柔らかい。

良い匂いがして、心地よかった。

だんだん、私の心は落ち着いてくる。

こっそり、ラトーバさんを見た。

ゴブリンの年はわからないけど、たぶん初老だ。

そして服の隙間から見える肌は、やっぱりかぶれていた。

そのせいか、どことなく汚らしく見える。


(本当に、ここはゴブリンの屋敷なんだわ)


すぐに、館へ着いた。

近くで見ると、とても大きい。

だけど、薄汚れていて、陰気な建物だった。


『アイカル様、どうぞ』


ラトーバさんが、優しく扉を開けてくれる。


『『『アイカル様!ようこそ、おいでくださいました!』』』


「うわっ!」


これ以上ないほど、大きな声で挨拶された。

それだけじゃない、屋敷の中には、ゴブリンがズラッと並んでいる。

右を見ると、メイドのゴブリン。

左を見ると、執事のゴブリン。

そして、みんな笑顔だった。

盛大な拍手をしてくれている。


「こ、こんにちは……」


今まで私は、こんな嬉しそうに出迎えられたことはなかった。

予想外の歓待ぶりに、思わず恐縮してしまう。


『アイカル様、お疲れでございましょう。まずはお食事をどうぞ。すでにご用意しております。荷物は私どもが、お運びします』


そのまま、ラトーバさんに食堂へ案内された。


『それでは、こちらで少々お待ちくださいませ。旦那様を呼んで参ります』


とんでもなく大きなテーブルだ。

もしかして、私の家より大きいんじゃないだろうか。

私の前と向こう側の席だけに、食器が用意されていた。

ゴブリン伯爵と……いよいよご対面だ。


(どんな人、いや、ゴブリンなんだろう?ゴブリン伯爵って言うくらいだから、怖いのかな)


私は覚悟を決めた。

容姿など、もはやどうでもいい。

最低限の衣食住の保証と、私に優しくしてくれれば、もうそれで良かった。


ドタドタドタ!


どこかの部屋で、誰かが走り回る音がする。


(どうしたんだろう?それに、一瞬ラトーバさんの声が、聞こえたような気がしたけど)


キィ、と扉が開いた。

私は緊張して、背筋を伸ばす。


(ここまで来たら、もうしょうがないわ!)


ゴブリン伯爵が、姿を現した。

その見た目は……お世辞にもハンサムとは言えなかった。

魔女みたいに尖った鼻、痛み切った白い髪、大きくて怖い目、身体はスラリとしているけど、それがまたうす気味悪かった。

そしてやはり肌は、かぶれにかぶれている。


『この屋敷の主の、シンシ・リゴンブだ』


ゴブリン伯爵は、伏し目がちに名乗った。


「アイカル・カラベッタ……です」


シーン……。


あっという間に、会話が途切れてしまった。

気まずい空気が流れる。


(ど、どうしよう。ゴブリンと何を話せばいいの?)


『ウウン!旦那様、ちょっと……』


ラトーバさんがシンシさんを、部屋の隅に連れていった。

二人は小声で話しているが、どうしても会話が聞こえてしまう。


『……旦那様!予習したとおりにしてください!自己紹介した後は、天気の話!その後はさりげなく、婚約の件をお話しするのです!アイカル様は、傷ついていらっしゃるのですよ!フォローして差し上げないと!』


『い、いや、しかし……あんな美しい女性と……僕なんかが……』


『ヒューマンのご令嬢を妻にするなど、リゴンブ家史上最大級に名誉なことですぞ!しっかりして頂かないと!そのようでは、亡くなられた先代に顔向けできません!』


『ラ、ラトーバが話してくれよ……』


『何をバカなことを、おっしゃってるんですか!』


ところどころ聞こえなかったけど、とりあえずは歓迎してくれているみたいだった。

シンシさんが席に戻る。


『し、食事にしよう』


その言葉を合図に、次々と料理が運ばれてきた。

どれも、ほかほかと湯気が立っている。

とそこで、私はあることに気が付いた。


(ん?ちょっと待って。ゴブリンって何食べるの?もしかして……モンスターの内臓とか、虫!?)


デン!とクローシュが被ったお皿が出てきた。

私は目を閉じて、必死に念じる。


(お願いだから、見たことある食べ物きてー!)


メイドゴブリンが、ゆっくりとクローシュを取る。

私は恐る恐る目を開けた。


(!)


それは…………美味しそうなお野菜のバーニャカウダだった。

他の料理も、全部食べたことある物だ。


(よ、よかった)


私はここに来て、一番安心したかもしれない。


『今日は……良い天気だな』


「え?て、天気?あ……そ、そうですね」


唐突に天気の話を振られ、私はそっけない返事をしてしまった。


シーン……。


しばらく、無言の食事が続く。

食事も終盤というとき、シンシさんが口を開いた。


『私からそなたに……頼みがある』


「は、はい、なんでしょう!」


(頼み……)


私は色んな悪い妄想をしてしまう。


『その……』


(他のモンスターと戦うとか!?)


『なんだ……』


(あり得ないほど膨大な家事、雑用!?)


『……』


(それとも、地獄のような労働!?)


『………………私のそばに………………ずっといてほしいのだ』


(……もしかしたらゴブリンって、それほど悪い人じゃないかもしれない)

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