3. 受胎
時計は0時をまわっていた。
ハーゼは論文を書き上げたのか、それとも仮眠をとってるだけなのか、ソファーで眠っている。シンバはコンピューターに向かい、いろいろと考えをまとめていた。
シンと静まった研究室に、今、警備員の見回りの人が、ドアを開け、
「異常ないですか?」
と、尋ねて来た。
「はい、いつも通りです」
「では!」
警備員の男性は敬礼をし、出て行く。
——シャワーでも浴びて来るかな。
シンバは重い頭を振り切るように、伸びをし、研究室を出た。
シャワー室に向かう前に、ジムに向かう。Solarの中には研究員達の気分転換になるように小さなスポーツジムがある。
気分転換というより、少しでも体を動かせば、何もかも忘れられるだろうと、シンバは考えた。
——どうせ後1ヶ月の命なんだ。
——ビーチルドがどんなものであろうと、もう関係ない。
——そうだろう? 世界が滅ぼうが、僕の知った事じゃないだろう?
なのに、シンバは考えてしまう。
ビーチルドが、とても危険なものだったら、人類が滅ぶようなものだったら、どうしたらいいのだろうかと——。
何も考えるなと自分に言い聞かせるように、シンバはウエイトトレーニングマシンで吐きそうな程、汗をかき、シャワーを浴び、研究室に戻ると、溜まった疲れの重さを引き摺るようにソファーで眠った。
——朝。
目を覚ますと、研究員達が、自分の研究に没頭している姿があった。
「シンバ、昨日も徹夜か?」
コウがそう言って、眠気覚ましのコーヒーをシンバに差し出す。シンバはそれを受け取り、ぼんやりする。
まだ頭が働いてないようだ。
ソファーの近くに置いてあったリモコンでテレビをつけるコウ。
「今日さ、ここでイヴパーティーしようぜ! 今からSolarの可愛い女の子達に声かけに行くからさ」
「イヴに予定入ってない女が可愛いとは思えない」
「なんだよ、そういう事言うなよ、Solarから出れないお前の為の企画なんだからさ」
テレビに映る女の子に、シンバは無言で食い入るように見つめている。
——この子、誰かに似てるな・・・・・・。
「あぁ、シンバ、お前も興味あるんだなぁ」
「お前も? それってコウもって事? コウの知ってる子か?」
「知ってるも何も、今、タレント業界で一番人気のオレンちゃんだよ」
——この子がオレン・・・・・・。
「可愛いだろ? オレンちゃん!」
「なぁ、この子、オレンなんていうんだ? セカンドはなんて?」
「それがさぁ、謎なんだよ」
「謎?」
「オレンって名前以外は何もわからないんだ、誕生日も血液型も年齢も全て謎に包まれた少女! それが売りとなって、今じゃあトップアーティスト!」
「へぇ・・・・・・」
『オレンちゃん、お疲れ様ー!ところでオレンちゃんの大好物のシュークリームを用意させてもらいましたー!』
歌い終わったオレンにシュークリームの山を用意する司会者。
『ありがとー! ボクねぇ、シュークリーム大好きなんだぁ!』
「シュークリーム? 僕と同じ好物だ・・・・・・」
「え? お前シュークリーム好きなの?」
「別に」
「別にじゃないだろ、そんな可愛い食べ物が好きなのかよ、言えよー! 全然知らなかったよ」
「知られたくないから言わなかったんだ」
「なんでだよー! 教えるべきだろー!」
「それこそなんでだよ。ていうか、僕の好物を知ったら何かある訳?」
「そりゃぁ、たまには差し入れてやれたよ」
「だったら今からでも遅くない、差し入れてくれよ」
「しかし無愛想なシンバがシュークリームとはねぇ」
笑いながら言うコウに、だから知られたくなかったんだと、シンバはテレビに目を向けた。
その時、テレビ画面の上に緊急ニュースが文字として流れる。
[・・・・・・繰り返します・・・・・・昨夜午前0時過ぎ、空賊がニュータナス地方に現れました。空軍からは今日の午前中には緊急記者会見を行う予定で、近隣の住民からの目撃情報などを・・・・・・]
「なんだ? 空賊って?」
「そうか、シンバ、ここに来てから、ずっとSolarから外に出た事ないもんな。屋上くらいだよな、外の空気吸えるのは。だから知らなくて当然か。空賊ってのはさ、空を駆ける船を操る連中でさ、それが凄いレトロな外観の船なんだよ。まさに宝地図を持った海賊の船! 映画の撮影かとも思える船なんだ。それが自由に空を飛んでる。羽がある訳でも空気を出して浮いてる訳でもなさそうなのに、浮いてるんだよ、デカい船が! どこの誰があんな船を開発したのか謎でさ、空軍のミサイルもきかないって噂。船は国境のスカイラインを越え、好き勝手に行き交っててさ、航空会社も迷惑な話だよな。それに、あちこちの国から軍が集まって、戦争になるんじゃないかって。あんな訳のわからない船をほっておく訳にはいかないってのはわかるが、空賊は、賊って言われてるけど、別に何か悪さをしてる訳でもなさそうなんだよね」
「へぇ・・・・・・」
「そんな事よりさ、お前、オレンちゃんみたいなタイプがいいのか?」
「は?」
「Solarにオレンちゃんみたいな子いるかなぁ? 一応、探してみるけどさぁ」
「何の話?」
「今夜のパーティーだよ」
「パーティー?」
「だからイヴパーティー!」
「悪いけど、僕は今日出かけるんだ」
「え?」
シンバは立ち上がり、
「外出許可もらって来る」
と、チーフルームに向かった。コウは訳がわからず、きょとんとした表情のまま固まっている。テレビ画面ではオレンが口の周りにシュークリームのクリームを付けて、とびきりの笑顔で手を振っていた——。
シンバはチーフルームをノックする。
「はい」
ドアの向こうから聞こえるリタの声。ドアを開け、中に入り、頭を下げる。
「あら、レインハルト君が来るなんて珍しいわ、何か用かしら?」
「メリークリスマス、リタチーフ」
「メリークリスマス、レインハルト君」
「チーフ、外出許可をもらいたいんですが」
「なんですって!?」
「逃げようなんて考えてません。ただ、もうビーチルドは僕の手には負えないと思ったんです。後1ヵ月という期間しかなくなった今となっては、もうお手上げ状態なんです。ですから、せめて、今日と明日のクリスマスくらい、自由をくれませんか?」
「自由を?」
「最後くらい思い出がほしいだけです」
「・・・・・・ふふふ、あなたがお手上げ状態を認めるなんてね」
「僕がいなくなった後、あれを解明できるのはリタチーフだけだと思っています。僕を自由にしてくれるのもリタチーフだけだと思ってます。上司として信頼してますから」
「やけに素直ね」
「諦めのせいですかね?」
そう言ったシンバに、リタはふふふと笑う。
「いいわ、サンタクロースになってあげる。あなたに自由をプレゼントよ。良い子はクリスマスにサンタクロースからプレゼントがもらえる日ですものね」
「有り難う御座います!」
心の中では、舌を出して、死んじまえ、このクソ女!などと思いながら、シンバはリタに深く頭を下げる。
そして、その部屋を出て、足早にDissecting Roomに向かう。しかし、途中でシオンに出くわす。シオンも丁度シンバの所に行こうとしていたらしい。
「メリークリスマス、シオンさん」
「メリークリスマス! これがリゲル2番街の借家リストだ。念の為ルエーフ・レインハルトで借りてる家がないか聞いてみたが、ないみたいだ。でもな、いい情報が手に入ったぜ。学者らしい奴が一軒家を借りてるらしい。なんでも人気のない場所で、ちょっとした爆発音などが気にならないような家を借りたいと言って来たらしく、取り壊そうと思ってた家があって、そこならと言う事で借したらしいんだ。リストにチェックしてあるだろ? そこがそうだ。それと幾らか金をバンクから下ろして来てやった」
シオンは借家リストの紙と少しばかりの金をシンバに渡す。
「ありがとう」
「外出許可はとれたのか?」
「はい、なんとか」
「今夜はイヴだ。ルエーフ博士に逢えたら、一緒に教会にミサでも聴きに行ったらどうだ?」
「冗談でしょ」
シンバが即答すると、シオンは胸ポケットから煙草を出し、咥え、火をつけた。
「シオンさんは家族で教会に行って、聖歌でも歌うんですか?」
「ああ、イヴは毎年そうしてる」
「へぇ。娘さんも親孝行だなぁ」
「馬鹿言え。アイツには困ってんだよ。変な男に恋しやがって、毎日ヘラヘラ出て行くもんだからよぉ、ここに連れて来て、見学でもしてろって言ったんだ」
「・・・・・・彼氏いるんだ?」
「認めてねぇ」
ふーっと白い煙を出すシオン。
「と言う事は・・・・・・今日も来てるんですか?」
「うん? ああ、今日も連れて来た」
シンバはヤバイと、ビーチルドを保管してある部屋に走る。
「おい! シンバ! どうしたんだよ!?」
走り行くシンバの背に、シオンが吠えたが、シンバは振り向きもせずに急ぐ。
息を切らせ、急いで部屋を開けるが、誰もいない。
ビーチルドだけが部屋の真ん中でカプセルの中、気泡を出している。
——ああ、良かった。
——またここに来てるんじゃないかって思った。
シンバはふぅっと安堵の溜め息を吐いたにも関わらず、
「おはよ」
と、扉が開いて、キティンがにこやかに現れた。シンバは額を押さえ、キティンを睨む。
「朝から、そんな怖い顔して睨まないで下さい」
「何しに来たんだ」
「また明日って約束したじゃないですか」
「約束? あれが約束? だとしたら一方的だろ」
「そんなに私の事嫌いですか?」
「好き嫌いの話をしてるんじゃない」
「だって、眉間に皺寄ってますよ」
「それは・・・・・・もうそういう癖になってるんだ。眉間に皺寄せる日々だったから」
「赤ちゃん育ててるのに、そんなイライラしてたら駄目ですよ」
——赤ちゃんねぇ。
ふと、シンバはビーチルドを目にする。
羊水の中、浮いているビーチルドの姿は、蠢いていない。
いつも姿形を変え、安定感のない姿で、蠢いていたビーチルドが安定したかのように形を保っている。しかもその姿は・・・・・・。
——似てる。
——ビーチルドの姿は爬虫類に似ている・・・・・・。
シンバの鼓動が物凄く速くなる。キティンの声など耳に入って来ない。
——まさか・・・・・・まさか・・・・・・。
シンバの頭の中で、母親の胎内で成長する何週期目かの胎児が浮かんでいた。
人間の子供は母親の胎内での成長の最初の何週期目かは、爬虫類に似ている。今のビーチルドの姿はまるでソレ。
——いや、アイツはまた直ぐに蠢き、形を変えるんだ。
——たまたまだ。たまたま動くのを止めているだけだ。
——偶然、あの形に止まっただけだ。
今迄、姿形を変えていたのは、この星で一番支配力のある人間という形として生まれて来る為に、安定していなかっただけ。そして今、この星に産声をあげる為に、このカプセルの中、生きている。
——僕が水溶液を羊水にしたから・・・・・・?
シンバがそう思った瞬間、カプセルの中で、ビーチルドが二ヤリと笑ったように見えた。
ドクン!!!!
シンバの心臓が痛いくらい、激しく鳴る。
ドクンドクンドクン・・・・・・
硬直して動けないシンバに、
「ねぇったら!」
と、シンバの腕を掴むキティン。シンバは腕を掴まれた事にビクッとし、キティンを見ると、やっと目が合ったと嬉しそうな笑顔で、
「ハッピーメリークリスマス」
と、今日という記念日を祝う言葉を言われた。
今日はクリスマスイヴ。
まだイヴだが、明日は12月25日。クリスマス。神の子がこの世に生まれた日であると伝えられた聖なる日として、降誕を祝う祭りの日である。
シンバの目に映るビーチルドの姿が、シンバの脳に受胎告知を語りかけて来るようだった。
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