Episode3 03

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問題

元素記号の覚え方で「水兵リーベ僕の舟。七曲がりシップス、クラークか」という語呂合わせが有名ですが、最後のカルシウムからさらに六つ先の元素は何でしょう?

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なんだこれ。鍵を入手する問題は理不尽なほど難しかったのに。コウは内心で不平を言った。難易度が露骨に下がったのだ。有名な語呂合わせだが二十番目までしかなく、続きが気になって勝手にそれらしいものを作ってみたことがある。


 ルリもすぐにわかったらしく、口を開きかけた瞬間、他のグループがそれよりも早く回答場所に立ち答えを言ったようだ。


 画面に「Correct Answer(正解)」と表示された。

一問先取されたと思ったルリとコウは悔しげに頬を歪める。


 だが、それで悔しがる必要はないようだ。

 答えたグループ以外の、他のグループたちも喜んでいる。



「あれ? もしかしてこの中の誰かが答えれば、全員OKってこと?」

 きょとんとした顔でルリがコウに尋ねた。



「そう、みたいだな……。グループごとに競わされてるような表示はないし」

「なんか、それってつまんなそうだな。いるだけで先に進めることもありそうだし」

 思うところのある表情でルリが腕組みしながらほかのグループたちを見渡した。


「まっ、ルリ、それはそれでいいんじゃない? クイズ王を目指してるわけじゃないんだしさ」

「入れさえすれば楽なのかな~」


 バレッタとあまゆーは難易度が低い分には問題ないらしい。


 そんなことをコウたちのグループで喋っている間に、次々に問題が出て、しかも同じグループが連続で正答していた。簡単なものばかり続くのかと思いきや、ぱっと見ただけでは自分では答えの出せない暗号めいた問題も出てきている。それすらも解いているあたり、中々の実力者のようだ。


「なんか、あの着ぐるみの集団、妙に強いな」


 ルリが腕組みしながら、そのグループに目をやった。

 数人で参加しているのがアバターの共通項からすぐにわかる。全員が犬や猫、タヌキといった着ぐるみっぽい二足歩行の動物アバターを使っている。あれならユニフォームがなくてもグループだとすぐ視認できる。


 すると、猫の着ぐるみの奴が両手を高々と挙げて、こう言った。

「僕らにお任せください!」


 それはコウたちやほかのグループを敵扱いした言葉ではない。まるで駆けつけたヒーローみたいな言い草だ。


「僕らは配信者グループ『トレジャーハンター』と言います。誰よりも速く《AVENA》の先を見せるために何度もチャレンジしています。メンバーは全員それぞれの分野のスペシャリスト、さらに今回の参戦もリアルタイムで動画配信中ですので、視聴者の知恵をお借りすることもできます!」


 猫の着ぐるみはつらつらと説明する。説明の仕方も手慣れていた。


「最初の鍵入手のためのウェブ上にある問題をクリアしたあとは、意外と攻略している様子は動画などで見られるんですよね。とはいえ、第二ステージからは映像がないものばかりで、肝心のステージ内容もランダムみたいなんですけど」


 クータが最新の《AVENA》関連動画の一覧を空中に表示する。その中にはコウたちが参加しているインスタンスの動画すら二つあった。そのうち一つはまさにトレジャーハンターという着ぐるみグループだ。


 よく見ると、気ぐるみの頭上に動画のサムネイルが微妙に動いている。まさにリアルタイム配信中のものをあそこで表示しているのだ。


「なあ、あいつらを無視してあたしたちで答えてもいいんだよな?」

 ルリがクータに聞いた。顔にはっきりとご機嫌斜めと書いてある。


「もちろんできますし、とくに問題はありません。配信者グループの方も止めはしないでしょう。ただ、間違えると誤答者はこのワールドから追い出されてそのあとの参加権を失うので、このステージの攻略法はもっぱら『わかる奴にやらせろ』ということらしいんですが。表現を変えれば『長いものには巻かれろ』でしょうか」


 コウも少しあきれた。無理に参加せずに実力者がやっているのを見ろだなんて、そんな人任せな攻略法がありうるのか。


「それだとわからない奴でもどんどん先へ進めるようになるだろ」

 ルリが指摘する。説明しているクータへの文句みたいになっている。


「そこはあとの問題で篩(ふるい)にかけるんでしょう。あくまで、今、話したのはこのステージの攻略法ですから。それにそんな方法ですから、失敗した時は非難されたり晒されたりと大変なんだそうで。そういう反応含めてエンタメなのかもしれませんね。……皮肉っぽくなっちゃいますけど」


 クータの説明が終わるのとほぼ同時に、「1stステージクリア!」という白い文字が表示され、華々しいファンファーレが鳴り響いた。あの配信者グループが片っ端から解き続けた結果だ。


 それ以外の人間は彼らをやや遠巻きに眺めるばかりだったが、ここで失敗しようものならクータが言ったようなことが起きていたかもしれない、と想像してコウは身震いをした。百人近い他人から罵詈雑言を投げられた日にはトラウマも確実だ。


 さらに暗かったステージも、夜明けが来たようにだんだんと明るくなっていく。


 再び真っ白な空間に戻るかと思いきや、遠景にあったうすぼんやりとした模様に色がついてた。今なら遊園地を表していたのだとはっきりとわかる。

 もっとも、漠然としたよくある遊園地のイメージかというと、様相はずいぶん違っていた。


「遠くの影がかわいくなってる! 最初はよくわからなかったけど、あれって遊園地……っていうか有名なあそこじゃない!?」

 バレッタが思わず叫んだ。さらにアトラクションの名前を具体的に挙げていく。


 バレッタがライトユーザーかヘビーユーザーかコウにはわからないが、とにかく有名テーマパークに酷似した背景なのは間違いないようだ。言われてみれば特徴的なアトラクションの形に見覚えがある。


「この演出はちょっとジ・ワンっぽくないんだよな……」


 嘆くようにコウはつぶやく。

 ジ・ワンの過去の作例に既存施設をパロディとして使用したものなど一つも存在しなかったはずだ。


 少なくとも、コウは記憶にない。

 だいたい、ジ・ワンは唯一無二のオリジナリティを高く評価されているクリエイターだ。パロディだったら、過去によく似た何かがあったことになってしまう。パロディの方法が独創的ということはあるかもしれないが、過去のものの力を借りていることは間違いない。


《AVENA》制作者がジ・ワンだという説を間違いだと主張する論者はこういう演出を槍玉に挙げているのだろう。


 ただ、ステージの変化は背景だけではなかった。

 ステージにそれまでと違うルールが敷かれた。

 先ほどまで、ステージの配信をしていた連中の動画サムネイルが黒く塗りつぶされる。


 猫の着ぐるみが頭をかきながら言った。配信を見ていた視聴者向けの言葉らしい。

「あ~、やっぱり次は配信規制ステージらしいです。動画としてもライブアーカイブとしても残せません。この声だけはかろうじて配信に乗るかな? じゃあ、皆さん、またの機会に! 今回の挑戦の結果は次の動画で報告します!」



「どうやら、どんなステージでも動画に残せるわけじゃないみたいだな」

 コウは難易度が上がってるはずなのに、ほっとしたため息を吐いた。ずっと、攻略動画がアップされてるようなステージばかりだと、気持ちとしては消化不良になってしまう。


 また、世界が夜に戻るように暗くなりはじめた。


 そして今までのシンプルさから一転して、煌びやかな逆U字のアーチ状のゲートがいくつも現れる。


 そのゲートの下には白く発光した円がそれぞれできていた。

 ゲートの頭上には問題文らしき文字も浮かんでいる。


「これは解けるものの中に入って解くタイプのステージだったかと。グループ分けみたいなのも兼ねていると思います。体験レポなんかにも割と多く上がってるタイプの演出ですね」

 さすが誘ってきた張本人、クータはこのステージもある程度知っているようだ。


 着ぐるみの配信者グループは二言三言、ぼそぼそと仲間内で喋ると、さっと一つのゲートの下の白く発光した円に入っていった。円のスペースは彼ら六人が入ると八割がた埋まってしまう。


 彼らにとって特別難しい問題ではなかったのか、先ほどまでの調子同様にわずかな相談のあと答えを出しているらしい様子が見えた。

 個人参加らしきヨーロッパ中世の騎士姿のアバターがそのゲートのほうに走っていった。


 常識的に考えて、これまで一度も失敗してない着ぐるみグループに従うのが正しい選択だ。問題は彼らに解いてもらえばいい。だが――



 ブーッ! ブーッ!



 大きなビープ音とともに、白く発光していた円が赤く染まった。

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