Episode1 01
「サッカー部に続いて柔道部も去年の大会でも県ベスト4という好成績を上げ――」
ユニフォームや、道着姿の生徒が代わる代わる、朝礼台に上がっていく。
毎週月曜にある朝礼で、今日は夏の大会に向けた「壮行会」なるものをやっていた。
といっても、朝礼の一部だからジュースで乾杯するわけもなく、せいぜい全校生徒が拍手で送りだすだけだ。
友人が参加するならともかく、同じ高校の誰かが出場するだけということが大半だから、その拍手もたいして力は篭もってない。
世の中には褒められるような実績がある人間がたくさんいるんだな、だなんて他人事のように――実際、他人事であるのだけど――コウは壇上をぼんやり眺めていた。
羨ましいとすら感じない。自分は羨むことができるほど、ここ最近、何かに打ち込んだりしていないからだ。
嫉妬するのにだって権利がある。
何かに関わろうとしない限り、誰かを羨むことだってできない。
自分はもう二年生なのだし、事実上の帰宅部になっている自分が大会なるものに参加することは今後もないだろう。
ましてや、ああやって朝礼台に上ることもないに違いない。
朝礼台にちょうど光が差した。雲に一度隠されていた太陽がまた出てきたらしい。朝礼台の連中の顔を隠す。
なぜかそこに、ジ・ワンが立っている、そんな変なイメージが浮かんだ。
荒唐無稽にもほどがあるが、おそらく朝礼台に立つ連中の顔が見えなくなったからだろう。
偉大なクリエイターのジ・ワンに憧れは覚えるが、その顔は完全な匿名性のせいもあって頭の中に像を結んでくれない。おかげで顔の見えないものがかえってジ・ワンみたいに思えてくる。
あの《AVENA》とかいうゲームにも、本当にジ・ワンの手が入ってるのだろうか。
だったら試しにやってみてもいいが、昨日ざっと見た限りだと自分の能力で先に進めるようには思えなかった。
壮行会は続いていて、次の陸上部の番になっている。運動部は形式上は学校を挙げて応援してもらえるからお得だななどと思っていたら、極端に目立つ赤い髪が壇上に立った。
春日部ルリだ。
コウと同じクラスで、おそらく高校の中でもトップレベルの有名人。
なにせシンプルに違う色の頭が立っているのだ。ちょっと茶色にするような奴は生徒の中にもいるが、極端に真っ赤に染めた髪は珍しく、はっきりと異物ですと主張しているようだった。
自分もあれぐらい自己主張の強い人間だったら、もう少し覇気のある性格になれたかな? だなんてことをコウは考えてしまう。
いや、そうじゃない。
すぐに逆だと訂正する。
覇気のある性格だから、自己主張が強いだけだ。
しかし、春日部は壇上では後列で、まるで身を隠そうとしているようだった。前に出て目立とうとする逆の行動だ。
理由はだいたいわかる。春日部は陸上部ではなく、助っ人なのだ。
身体能力が女子の平均の中でもずば抜けているせいで、去年もいろんな部活動に臨時で加入していた。
助っ人なのに前面に出るのは気が引けるだろう。
クラスの後ろのほうから「助っ人のせいで出られない奴はやってられないだろうな」「一年間走ってて途中加入の助っ人より遅い奴の自己責任だろ」なんて声が聞こえてきた。
まさに自分のせいで大会に出られない人間に妬まれたくないから、春日部は後ろにいるんだろうか。
偉くなっても気をつかわないといけないなら、どこにも平和な場所なんてないのかもしれない、そんなことをコウは思った。
そして偉くなるのも考えものだという気持ちは次のバスケ部で確信に変わった。
そこでも後ろに春日部の姿があったのだ。
陸上部とは大会の日が違うのだろう。それにしてもこれは他校からクレームが来てもおかしくない。
居心地悪そうに春日部が後ろに控えているのが印象的だった。
◇
春日部ルリは高校一年の途中にコウと同じクラスに編入してきた女子生徒だ。
転入生というのは基本的に目立つものだが、とくに春日部は目立った。なにせ、髪が赤かったからだ。
コウの学年に髪が赤い奴はいなかった。
不良か、それともイキってる奴なのか。
最初の頃、そのどちらかだとコウは思った。
口調も「だよな」とか「そうだろ」とかまるで男子のようだ。
あれでもっと声が低ければ、本当に顔のいいヤンキーの男だと思っただろう。
少なくとも、積極的に声をかける相手ではない。
だが春日部はたんなる悪目立ちで終わるような人材ではなかった。
各種の運動部で活躍しているのは、さっきの壮行会を見てもすぐわかる。
いわば、同じ学年の英雄だ。
もちろん、出る杭を打ちたい奴はいるし、楽しく思っていない奴もいる。しかし春日部の圧倒的な実力が、敵対者がはびこるのを抑え込んでいた。向かってくる敵が出てくるのも、それに打ち勝つのも英雄の特徴なのだ。
今も春日部は女子同士でわいわい喋っている。
男っぽい口調の春日部だけが浮きだっているが、誰もそれをおかしいとは思わない。
クラスでの立場を手に入れた奴はどんな振る舞いをしようとサマになる。
一方で、俺はといえば……。
コウは心の中で深いため息をついた。
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