171、宵の陽炎 (お題:陽炎)

 思わず足を止めた。

 宵の口、夏の名残が漂う畦道に陽炎が立っていた。まるで、僕を待っていたかのように。

 それで分かった。おそらく、彼女が死んだのだ。

 ――夜に陽炎を見たことはあるかい。

 彼女の祖母の言葉が思い出される。

 ――それは、人の魂なんだよ。

 その時、どう反応したかは覚えていない。冗談と思い笑い飛ばしたかもしれない。

 けれど。

 一陣の風が吹いた。流されるように、陽炎がゆらゆら田んぼへと移動する。

 慌てて僕はあとを追った。泥に足をとられ、何度もこけつまろびつ。けれど、それはいよいよ遠ざかっていく。やがて淡くなってゆく揺らぎ。

 伸ばした手の先、泥んこの指の向こうで、陽炎はふつりと消えた。

 どこかで、カラスが鳴いた。

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