168、登場 (お題:ビル風)

「かっこよく登場したい」

 何を言っているのかまるで分からないけれど、いちおうの礼儀として僕は返事をした。

「そうか、がんばって」

「他人事みたい」

 彼女が口を尖らせる。いや、他人事どころか意味すら分からないのだけど。

 仕方なく説明に耳を傾ける。要約すると、映画の主人公みたいな登場シーンをやりたいのだという。なるほど理解に苦しむ。

 そうして僕らはビルの合間にいる。彼女はロングコートに鳥打帽。ビル風にコートをはためかせようという作戦だ。

「俺、ついてくる必要あった?」

「登場シーンには観客が必要でしょ?」

 と、ふいに風が吹いた。慌てて彼女がポーズをとる。コートをはためかせ仁王立ちするその姿に、思わず笑ってしまった。

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