95、汝、殺すなかれ (お題:殺虫剤)

「私は罪深い男です」

 告解室に男の声が響いた。

「殺虫剤で、たくさんの虫を殺してしまいました。どのような罰が下されるのでしょうか」

 仕切り越しに、厳かに神父が答えた。

「手で叩きつぶしたのならば手を、足で踏みつぶしたならば足を切り落としなさい」

「いいえ、殺虫剤を使ったんです」

「ならば、罪を問われるべきは殺虫剤です。あなたではありません」

 男が安堵の嗚咽を漏らす。それを見て、神父は自分の仕事ぶりに満足を覚えた。

 数日後、男は妻殺害の罪で逮捕された。引き立てられゆく男に、神父は沈痛な面持ちで尋ねた。

「なぜ妻を殺したのです?」

 男は心外だとでも言うように眉を寄せた。

「私は殺していません。妻を殺したのは金づちです」

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