58、鏡 (4/8:シワ対策の日)

 思わず叫び声をあげた。

 卓上の鏡の中。しわだらけの老婦がこちらを見つめていた。どう見ても二十歳の娘の顔ではない。

 昨日までの記憶ははっきりしている。第三講義室での退屈な講義。昼食はカレーで、夜は部活の新歓コンパ――

 そこからはあいまいだ。けれど、一晩寝ただけで老人になるなどありえるだろうか?

「ミサトさん」

 驚いて振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。鏡をひょいとポケットにしまうと、彼女は言った。

「大丈夫、ただのいたずらですよ」

 どこか安心させてくれる声だった。私が頷くと、彼女は部屋を出て行った。

 部屋の外。待機していた新人を彼女は睨んだ。

「鏡を置いたらダメでしょう。ミサトさんは物忘れが特に激しいんだから」

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