44、ある対話 (3/9:感謝の日)

「ありがとう、なんて言うわけないだろ?」

 吐き捨てるように言った。

「別に誰も頼んでないし、余計なお世話なんだよ」

 俺のぞんざいな言葉に、彼はこちらを見つめたまま黙っている。

「そもそもありがとうなんて言葉、この世に必要ないんだ。相手に何かしてやったとして、見返りを求めてのことならそれは自己満足の偽善にすぎないし、見返りを求めていないならそれこそ感謝の言葉なんて不要だろ?」

 子どもじみた論理にいらえはなく、沈黙が降りた。

「何とか言えよ」

 手に力がこもる。

「何とか言ってくれよ」

 けれど、彼の蒼褪めた唇はもう言葉を紡がない。

 遠くで、何度目かの爆撃音が響いた。大地が揺れる。抱きかかえた彼の腕がだらりと垂れ下がった。

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