第5話 ◆◇ドッキリ大成功!



 私はテーブルの上の血が滲む箱を開けた。

 すると、

「え?」


 中には、『後ろを見ろ』と書かれた紙が入っていた。

 私は恐る恐る背後を振り返った。


 すると、部屋の電気がつき、暗闇に隠れていた人間たちが露わになる。

 そこには、孤児院の子供たちがいた。みんな生きていたのだ。


 その子達は、私に向かって、

「「「「ドッキリ大成功ーーーーーっ!」」」」


 そこには、サヤカもいた。

「あはは! ちぃちゃん騙されてるーっ!」


 私は胸を撫で下ろし、

「もー! こんなことされたら、びっくりするじゃないっ!」


 私はそんなを頭から振り払った。

 そんな都合よくコトが進むわけがないのだ。


 =====


 私は凍りついた背筋を動かし、箱を開けた。


 中に入っていたのはサヤカの切断された頭部だった。


「そんな……」

 現実なんてこんなもんだ。頭の中で描いた夢は、所詮ただの幻。


 そう都合よく人生は進まないのだ。

 私の唯一の家族が死んだ。私はひとりぼっちに戻った。


「サヤカ……」

 おそらく殺される寸前まで拷問されていたのだろう。目は恐怖で見開き、口から涎が垂れている。


 私は彼女の瞼を指で下ろしてあげた。

 それから箱の中を見ると、その中には黒い柳の家紋が入ったエンブレムがあった。


「私のせいだ……」

 赤ん坊目当てか、私に復讐したいのかその両方か。


 そして私は震える足を動かし、孤児院の中を回った。

 足の感覚は無く、ただ股についた棒切れを交互に動かしている感覚だけがある。

 冷や汗が肌から滲み、心臓はバクバクいっている。


 屋敷中に死体が転がっていた。

「ゆうちゃん。みっくん。かいくん。洋子。南ちゃん。あおちゃん……」


 リビングにも浴槽にも子供部屋にも死体が散乱している。

「まーくん。あっちゃん。りょうちゃん。きゅうくん。それにまだ小さいゆみちゃん……」


 ベッドルームのベッドは一つ残らず血で染まっていた。

「こうくん。まっちゃん。あーちゃん。ゆうか。そして、管理人のおばちゃん……」


 私の体は全身が恐怖で貫かれていた。

 復讐する気も抵抗する気力も削ぎ落とされた。


 あれだけ嫌っていた社会のダニへの殺意はすっかり消え去っていた。

 絶対に消えないと思っていたこの社会への恨みが、いつの間にか無くなっていた。


 代わりに、絶望と恐怖だけが心の中に芽吹いている。


「逃げなきゃ……殺される……」


 私は重い足取りで玄関に向かった。

「どこか遠い場所に逃げよう。そして、ずっと一人で隠れて暮らそう。そうすれば……もう誰も殺されることはない……」


 ドアを開けて外へ出ようとすると、

 ドンドンドンドン!

 誰かが稲妻のようにノックした。


「え? まさか……」

「おい! 開けろや! 中にいるのはわかっているんだよ!」

 間違いなく黒柳会の追手だろう。


 私は恐る恐る覗き穴から人物の顔を見た。

 そこには、大柄な男が立っていた。額に生々しい刀傷がある。角刈りでいかにもという感じた。


 男は、ドアのノブを掴むと、

 ガチャガチャガチャ!


「黒柳会から取った赤ん坊連れているんだろ!」

 無理やり孤児院に侵入しようとしてきた。


 私の体に凍てつく雷が走る。


(やばい! 逃げないと!)


 そして……私は一目散に逃げた。屋根裏の天井を壊し、二階から飛び降り、裸足のまま無我夢中で走った。


 頭は真っ白になり、思考は停止。逃走・闘争本能により、身体中をストレスホルモンが貫いたのだ。


 肺はかつてないほど激しく収縮と拡大を繰り返す。

 全力疾走のスプリントバースト。

 アドレナリンとエンドルフィンが脳から大量に分泌される。

 脳内麻薬が私の痛みと恐怖を忘れさせてくれた。


 どれくらい走ったかもうわからない。

 私は気づいたらどこかの橋の下にいた。


 裸足だった。周囲は雨が降り、全身が凍りつくように冷たくなっていた。


 私は膝を抱えて現実逃避する。

「私は悪くない……私は悪くない……私は悪くない」


 その時だった。背後から、

「きゃっ! きゃっ!」

 と赤ん坊の声がした。夢中で逃げていたから忘れていた。


 私は赤ん坊を背中から外し、抱き抱えた。


 私は赤ん坊を見つめ、

「全部お前のせいだ……」

 だが赤ん坊はニコニコ笑いながら、私に微笑みかける。


 私はその様子に腹が立った。私は親にゴミのように捨てられて泣きながら育った。なのになんでこいつはヘラヘラと笑っているんだ。


 自分にはなんの値打ちもないのに、なんでこいつは七億の価値があるんだ。

 なんで生まれた時から人間は違うんだ。


 なんでこうも差があるんだ。


 なんでみんなに求められる人間とそうでない人間がいるんだ。

 なんで私ばっかりこんな目に遭わないといけないんだ。


 私が何をしたって言うんだ。


 ずるい……


 私は赤ん坊の笑顔に、いや自分の醜い嫉妬心に腹が立った。


「全部お前のせいだっ!」

 そして、気づいたら赤ん坊を力一杯平手打ちしていた。

 パシッと乾いた音が雨に溶ける。


 自分でもなんでそんなことしたのかわからない。赤ん坊を殴ってもなんの解決にもならないのに、不意に我に返り、

「あ……ごめんなさい」


 赤ん坊は、

「うぐっ……! えぐっ!」

 とえずいた後、


「おぎゃああああああああっ!」

 と大声で泣き出した。赤ん坊の頬は赤く腫れている。


「え? 何で? 昨日は刃物が通らなかったのに……」

 硬化が解けている?

 一体なんで? 何が引き金になった?


 いや、そんなことより、

「ご、ごめんね! まさか傷つくなんて……」

 私は赤ん坊を抱くと、ゆさゆさと揺すって泣き止ませようとする。


 だが、赤ん坊は狂ったように泣く。

「痛かったよね? 本当にごめんね」

 赤ん坊の大声が追手に聞かれるとまずい。裸足の高校生が赤ん坊を抱えていたら、警察に通報されるかもしれない。


「ねえ……泣かないでよ。ほらベロベロバっ!」


 私が作り笑いを浮かべて見せると、

 さっきまであれだけギャンギャン泣いていた赤ん坊が、

 


 まるでスイッチが切れるかのように泣き止み、不気味な真顔で私の顔を見ると、

「きゃっ! きゃっ!」

 今度は嘘みたいに嬉しそうに笑い始めた。


(よかった。泣き止んだ。でも……なんなのこの子?)


 赤ん坊は明らかに普通の人間ではない。


 黒く硬化していたのもの変だし、感情の起伏もおかしい。

 私は再び赤ん坊が不気味に見えて、真顔に戻った。すると、赤ん坊もスッと真顔に戻った。


 まさか……?


 私はえーんえーんと泣き真似をしてみた。

 すると、赤ん坊は同じようにえーんえーんと泣き始めた。


 私は『あはは』と作り笑いを浮かべてみた。

 すると、赤ん坊も同じくらいの笑顔を作った。


……」


 なぜだかわからないが、この赤ん坊は他人の感情・表情をコピーするらしい。

 最初に私が笑いかけた時も笑顔になっていた気がする。


「でも……他人の表情をコピーする赤ん坊に、七億も出す?」




 私は雨の中、一人で思惑する。


 これから私はどうなるのだろう? どうやって逃げようか? いっそのこと警察に出頭するか? でもそしたら殺人がバレて捕まってしまう。


 私は抱えた赤ん坊を見つめて、

(そうだ、もうさっさとこんな気味が悪いもの、捨ててしまえばいい)


 この子と私はなんの関係もない。血も繋がっていないし、誰かも知らない。

 完全な赤の他人だ。たまたまその場に居合わせただけの関係だ。


 守ってやる義理も、あやしてやる必要もない。

 放っておけば、ヤクザなりマフィアなりに誘拐されるだろう。だが知ったこっちゃない。


 もともと殺すつもりだったのだ。


 私だって不幸と不運と折り合いをつけて生きてきたんだ。

 この子だってそうすべきだ。


 こんな子供どうだっていい。

 この子と私は、なんの繋がりも絆もない。


 するとその子は、私を見て、はっきりと

「ま……ま」

「えっ?」


 今、気のせいだろうか? 赤ん坊にままと呼ばれた気がした。


 その子は、間違いなくはっきりと、私に小さい手を向けて、

「まぁま!」

 と呼んだ。


「そんな顔するな! 私はお前のままじゃない」

 だがその子は、私に

「まぁま!」


 いや、こんなことで揺らいでどうする。この世は理不尽で不平等なんだ。


「私はお前のままじゃないし、なんの繋がりもない。お前を助ける義理はない。悪いけどお前はここに捨てていく。これが人生だ!」


 私はそういうと、子供を地べたに置き捨てた。

 そして、その場から離れた。


 すると背後からは、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」と力の限り泣き叫んでいる。


 きっと本能で置いていかれることを悟ったのだろう。

「うるさいっ! 私に泣きついても無駄だっ!」



 =====



 私はとぼとぼと歩きながら、大きくため息をついた。

「はぁ……」


 背中には楽しそうな赤ん坊が、

「きゃっ! きゃっ!」

 と声をあげている。


「どうして捨てられないかな……」

 自分が母親に捨てられたからか?


 この子と自分を重ね合わせたのか?

 それとも何か他の理由があるのか。


 なんでこのような行動を取ったのか、私にはわからない。


 私は背後を振り返って赤ん坊の顔を見る。

 すると赤ん坊は笑顔になって、

「まぁま!」


 彼の屈託のない笑顔を見て、気づけば私も少しだけ微笑んでいた。


 そして私は決心した。

 この子をどうするか、決めたのだ。


 売って七億に変えるのでもなく、

 私を見捨てた母親のようになるのでもなく、

 別の選択肢を見出した。


 私は孤児専門の連続殺人鬼。


「心配しないでね……あなたを不幸にはさせない。辛い人生は味合わせない。私が……必ず殺してあげるから……」



 さて、この子供をどうやって殺そう?


(続く)

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