第109話 得体の知れない

「あーあ、登場はもっと穏便に済ませたかったんだけどなぁ。まあ、俺アルドラなんて来たことなかったし。適当にやるんじゃなかったなぁ。ま、いっか」


くすんだ赤髪の男は、後頭部をぽりぽりと掻きながら悠長に喋っている。


だ、誰だ?

いきなり転移魔術から出てきたかと思ったら、面倒くさそうに突っ立ってぶつぶつと何か呟いている。隙だらけだ。とてもこの街を襲いに来たやつには見えない。


いや、そもそも、この男は街を襲いに来たのか?他に目的があるのか?


分からない。見たところ、四十手前ぐらいの年齢か。無精ひげを生やして、くすんだ赤髪も伸び放題だ。頬には大きな傷跡があって、貫禄を感じる。


ただ、服装はしっかりしていた。黒いマントの内側には金が装飾された防具を着こんでいる。腰から剣と思しき柄が飛び出しているところを見ると、武人なのだろう。


しかし、この男も、黒い化物も、登場してから一歩も動いていない。街を襲うつもりなのなら、すぐ行動に移るはずだ。


だって、騒ぎを聴いた警備兵が、集まってきてしまうから。

と思っている間に、警備兵たちが赤髪の男と黒い化物を囲っていた。


「貴様、何者だ!魔物を連れてきて、何が目的だ!?名を名乗れ!」


警備兵の隊長らしき人物が、赤髪の男に剣を向けて、大きく怒鳴った。他の警備兵も、それに倣って、男に剣を向け、牽制する。


おれは傭兵だけど、一応、警備兵に混ざって、様子を窺うことにした。警備兵に任せても良かったが、ショウの助言のこともある。この目で何が起こるか確かめておきたい。


赤髪の男はかったるそうに溜息を付いた。


「おいおい、そんなに一気に訊くんじゃねぇよ。真実が見えなくなるだろ?」

「…?どういうことだ!?話を逸らすんじゃない!いいから質問に答えろ!」

「あーあ、これだから血気盛んなやつは嫌いだ。真実を見ようともせずに、自分が正しいと思い込んでやがる」


赤髪の男は、ちっと舌打ちをして、また後頭部をがりがりと掻きむしった。さっきから真実がどうのこうの言っているが、この男の口癖なのだろうか。意味が分からない。


すると、赤髪の男はすっと警備兵の隊長を指差した。


「おい、お前。お前は傭兵か?」

「は?何を言っている?だから質問に答えろと…」

「いいから。お前は傭兵か?違うのか?どっちなんだ?」


男は、さっきとはまた違った威圧的な雰囲気で隊長を睨んでいる。隊長は気圧されたのか、少し口早に叫んだ。


「わ、私は傭兵ではない!アルドラ支部警備隊、第二隊長の…」

「ああ、お前傭兵じゃないのか。じゃあこの似たような恰好をしているのも警備隊のやつらか?」


赤髪の男は質問をしておきながら、隊長の言葉が言い終わる前に新たに質問した。言葉を遮られた隊長は、ぎりぎりと歯を噛みしめている。


「そうだ!だったらなんだと言うのだ!お前は既に我々に包囲されている!逃げ場などないぞ!」

「そうか。そんじゃ、お前らに用はねぇわ」


隊長の怒号とは裏腹にあっけなく返事をした赤髪の男は、すっと目を瞑った。

次に目を開けた瞬間。


目が赤く光り、おぼろげに揺れた。


「“警備隊”は“身体に力が入らなくなる”」

男がそう呟いた刹那、変化はすぐに訪れた。隊長も、その他の警備兵も。おれの近くにいた警備兵も、皆ばたばたと倒れていく。


は?

なんだ?何が起きている?


「…!?ど、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」

おれはしゃがんで、隣にいた警備兵を揺すった。しかし、意識はあるようで、驚きと恐怖を張り付けたような表情をしている。


「わ、分からない…、急に、身体の力が抜けて…」

「え…!?でも、おれは何ともないけど…!?」


身体を触ってみるが、至って普通だ。どこも痛くもないし、痒くもない。力が抜ける感覚もない。


おれは、はっとした。

さっき、赤髪の男は、“警備隊は身体に力が入らなくなる”と言った。そのあと皆が倒れていって。でもおれは何ともない。


やつの言葉が、現実になった?おれは警備隊じゃないから、効かなかった?


「…お。お前は警備隊じゃないのか」

振り返ると、赤髪の男がおれを見下ろしていた。そして、その後ろにはあの狼型の黒い化物も立っている。鳥肌が、ぶわっと全身を包む。


「くっ…!?」

おれはすぐに立ち上がって、剣を男に向けた。


「おっと、おれは別に暴れたいわけじゃないんだ。お前は分かってくれるか?」

赤髪の男は両手を上げて、敵意が無いことを示している。


…信じるべきか?


分からない。でも確かに、ここに降り立ってから、暴れる気配は一つも無かった。それに、こいつの力。魔術、なのか?それが何なのか得体が知れない限り、おれに勝ち目があるかどうか。下手に攻撃する方がリスキーだ。


「…分かった」

おれは恐る恐る剣を降ろした。


「おお、物分かりがいいやつは好きだ。じゃあついでに、俺の質問に答えてくれ」

赤髪の男は、不愛想な笑みを浮かべると、一瞬目を瞑る。


そして、もう一度開けるとさっきと同じように仄かな赤い光を宿していた。


「お前は傭兵か?傭兵なら、傭兵ギルドまで俺を案内してくれ」


おれは生唾を飲み干した。

これは、従った方が良いのか?どうなんだ?


手に滲んだ汗で、掴んでいた剣の柄を落としそうになった。

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