第107話 異変

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「なんか、すごく慌ててたね…。ユウ君らしくないというか。どうしちゃったんだろ?」

ミコトは、ずれた大きな黒縁眼鏡を正しながら、眉間に皺を寄せた。


「そうねぇ…」

私は、珍しいこともあるもんだな、と思いながら、倉庫の方へ消えて行ったユウトのことを思い返していた。


たぶん、寝起きだったのだろう。寝巻の姿で髪がボサボサのまま、いきなりこっちに近づいてきたかと思ったら、急にゲンとコウタとソラの居場所を訊いてきて。もう居ないって伝えたら、突然テーブル叩くし。


その後、彼は血相を変えてこう言った。やばいことが起こるかもしれない、と。


やばいことって何よ?何がどうやばいの?漠然とし過ぎてるでしょ。そもそも、それはどこからの情報なの?なんであんたがそれを知っているの?


訊きたいことは色々あったけど、ユウトの血の気が引いた顔を見ていたら、何故か言葉が出てこなかった。


そして、これだけは分かった。

ユウトは、嘘をついていない。


というよりも、あいつは嘘をつけるような人間じゃない。つけたとしても、どうせしょうもないことぐらいだろう。それに、そんな嘘をついたとしても、何にもならない。誰の得にもならない。


顔色変えて言うもんだから、それは間違いない。


『ハルカ、ミコト。ゲンとコウタを宿舎に呼び戻しておいてくれない?あと、武器と防具の準備も。頼める?おれはソラを呼び戻しに行くから』


その後ユウトが、さらにそう言って飛び出していったのがさっきまでの話だ。何が言いたいのか分からなくて呼び止めようとしたけれど、そんなことにも目もくれず行ってしまった。


私は、地面に目を落とした。


一瞬の出来事だったから、驚いて、頭の整理ができていなかったけど。

けっこう、大変なことが起きようとしているのではないか?


氷の棘で背中を突き刺されたみたいだった。先ほどのユウトの顔を思い出すたび、ひしひしとそれが現実味を帯びてくる。


なんでそう思う?あいつの言ってたことが正しいなんて限らないのに。


そうだ。あの顔。黒い化物と戦った時の。私を助けて、一人で立ち向かっていった。あの時の顔と、そっくりだったから。だからこんなに、不安を掻き立てられるんだ。


落ち着け、私。

私はゆっくりと息を吸った。


彼の言っている話がどこの誰からの情報かはとりあえず置いておいて、彼自身嘘はついてなさそうだ。


ということは誰かに騙されている?罠?そういう情報が出ている時点で、異常事態だ。


分からない。でも、ユウトの言っていることが、もし本当だとしたら。

思い当たる節はいくつかある。


ソラを追っていたというホワイト、ネイビーなる者たちについて。一応、ソラを警護していたから、今までは安全だと思っていたけれど、何かの方法で見つかってしまった?


それに加えて、彼らが何かの組織として動いていたとしたら。彼らじゃない他のメンバーに見つかってしまったことも考えられる。情報屋にも載ってこない得体の知れない組織だ。この街に居たとしてもおかしくない。


別の何か、ということも考えられる。そうだ。ずっと引っかかっていたことがあった。ユウト。あいつ自身が、何かに関わっているんじゃないか、という可能性。


仲間を疑うわけじゃないけど、少し不自然な部分は幾つかある。


黒い化物を倒した時から、ちょっと変だった。今思えば、大樹の森に行こうと言い出したのもユウトだ。彼は突然そんなことを言い出す人間だったか?その結果、ソラを助けることができたけど、それは本当に、偶然だったの?もしかして、誰かにそうしろと言われていた?


彼自身、何か悪いことをしようと思ってはいないだろう。でも、私たちに何か隠して、裏でユウトを操っている人物がいる?


くそ。

私は右手で頭を抱えて俯く。


あくまで私の想像だ。飛躍し過ぎてるのかもしれない。でも、いくらでもそんな可能性は考えられる。


とにかく。


ユウトが騙されているにしろ、そうでないにしろ、こちらも何かしらの準備をしておく必要はありそうね。


「…ハルカちゃん?」

ミコトが心配そうな目でこちらに顔を向けてきた。


「ああ、ごめん」私は視線をミコトに移して、立ち上がった。


「ミコト。さっきのユウトは、やっぱり少し変だった。あいつは急にあんなこと言い出すやつじゃない。だから一応、ユウトの言う通り準備しておきましょ」


「う、うん」

ミコトも、さっきのユウトを見て、ただ事ではないと感じたのだろう。緊張した面持ちで軽く頷いた。


「まずは、私たちも装備に着替えて。ゲンは鍛冶屋に行ってるから、すぐ呼びに行って。コウタ、あいつは休みの時はどうせあそこにいるでしょ」


コウタの居場所については見当が付く。そして、ソラはユウトが迎えに行ったから、とりあえず任せておこう。


問題は、これは私たちだけで解決できる事象なのか。何がどうやばいことが起こるかさっぱり分からないため、検討のしようがない。


「傭兵ギルドに報告しておくべきか…。いやでもあまりに情報が少なすぎる。かと言って、事が起きてからじゃ、後手に回るだけだし…。何か起こるという情報だけでも伝えておくべきなのかしら…?」


私とミコトも、武器を仕舞っている倉庫へと足を向ける。もうユウトは宿舎を出て行ったあとで、倉庫の引き戸だけが開いていた。


正直、どうなるのか分からない。杞憂で終わってくれればいいんだけど。


私は、さっきのユウトの横顔を思い出しながら、傭兵ギルドのある方の空を見上げた。

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