第85話 運命

『…でも』

おれはいつの間にか呟いていた。


『もし、おれたちが遺跡に辿り着かなかったら?ソラと地下で出会ってなかったら?ネイビーにやられていたら?どうするつもりだったんだ?』


考えられるだけでも、幾つかの結末が想像できてしまった。

そう、可能性というものは曖昧だ。だから未来は無限に広がっている。可能性の行く先が権能で見えたとしても、必ずその未来になるとは限らない。ショウの言う目的は、場合によっては達成されなかったはずだ。


ショウは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「…お前は、運命ってものを信じているか?」


『運命?』

いきなり突拍子もない言葉が出てきて、おれは一瞬戸惑った。


運命を信じる。

要するに、出来事は決まっているっていうことを、信じるかどうか。どうなのだろう。どちらかと言えば、信じていないかもしれないし、「それが運命だったんだ!」と言われれば、なるほどそうだったのかと納得してしまうほどに、自分の中の答えは曖昧だ。


逡巡するおれを置いて、ショウは続ける。


「運命を糸で例える者もいるが、運命は、原子みたいなものだとおれは思っている」


原子。


聞き覚えの無い響き。でも、知っている。それが何なのか、ぼんやりと分かる。


いつもの現象と同じだ。知らないのに、知っている。気持ち悪いけれど、記憶の海の中からその言葉の意味だけがふわりと浮かんでくるような。


それは、どこで聞いたんだっけ?


自分自身に問いかけるが、それも答えは出ない。


「原子はこの世のどこにでも散らばっていて、いつも不規則な動きをしている。目的も無く、ただただ漂う。でも、その原子と原子がぶつかると」


話を続けているショウを見た。ショウは人差し指と親指で輪っかを作って、ふわふわとそれを漂わせる仕草をした後、その二つをかち合わせた。


「ある一定の法則性が生まれる。くっついたり、分かれたり、弾かれたり。その原子の性質によって異なるが、そのほとんどはどうなるかが決まっている」


ショウはその二つの丸を合体させたり、離したりしている。そう。そういう性質を教えてもらった気がする。でも、誰に教えてもらったかは覚えていない。


「運命も一緒だ。ある二つの運命があったとして。それら単体では、どこに行くかも定まらない不安定なものだが、その運命同士が交差するとき、方向性が決まる」


おれは、ショウの言わんとすることが何となく分かった。ということは。


『おれたちがあのタイミングで大樹の森に行ったことで、運命が決まった、ってこと?』


「その通り」ショウはよく出来ました、とでも言うようにおれに向かって指を差した。


「だから、おれは必ずしも目的を伝える必要が無い。その運命同士がぶつかるトリガーをセットするだけでいい。むしろ、指示の明確な目的を与えてしまう方が、その運命とかけ離れてしまうことがあるからな。お前には申し訳ないが、そっちの方が、都合が良かったんだよ」


『じゃあ、おれがソラを助けるのは、必然だった、ってことになるのか?』

少し不思議な気分だった。おれはおれ自身で考えて行動したはずなのに、結果が、決められていたなんて。


「いや、そういうわけでもないのが難しいところでな」ショウは残念そうに溜息を付く。


「そういう方向性になりやすいだけであって、絶対にそうなるとは限らない。さっきの原子で考えると、お互いくっつくという性質を持った原子同士をぶつけても、全部が全部そうならないみたいにな」


「…ま」ショウはふうっと肩を落とした。「お前たちの世界の物理法則から外れた存在であるおれが、それを例にするのは可笑しな話だったな」


皮肉でも言ったつもりだったのか。その例えはよく分からなかったが。


『…おれがソラに会えていなかった可能性を引いてしまっていたら?』

「その時は、別の指示を出すつもりだった」

『なんだそれ…』


あっさりと言い放ったショウにおれは心底呆れた。本当に、こっちがどれだけ苦労したのか分からないのか。こっちは死ぬかもしれなかったんだから。もう一度あんな冒険をしろと言われたら、堪ったものじゃない。


それでも。

今回の指示だけでソラを救出することができて、本当に良かったと思う。


苦しそうに怯える銀の瞳。もう、あんな怖い思いをさせたくない。

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