第49話 出会い

******


驚きで、時間が、止まったみたいだった。


「———なんで」


女の子が?いや、本当に女の子なのか。というか、人なのか。おれは足音を立てずに近づく。


天井から降り注ぐ光が、少女を照らしている。どうやらここの天井は外と繋がっているらしい。


服装は、みずぼらしい恰好をしている。フードの付いた真っ黒な服を着ているだけだ。とても、ここに来る人の格好には見えないが。


真っ白な肌。肩まで伸ばした、長い髪。細い四肢。


どう見ても、女の子だ。


彼女の髪色は白だった。まつ毛も、うっすらと白みがかっている。上から照らす光が、反射してしまうほどの純白だ。


おれと同じぐらいの年齢だろうか。分からないけど、幼い顔立ちをしていた。でも、すっと整った輪郭は逆に大人っぽくも見える。


一言でいうと。


綺麗な、女の子だな、と思った。薄汚れた黒い服さえ、似合ってしまうぐらい。

ちょっと、心臓の鼓動が早まった。何、どきどきしてんだ、おれ。


てか、生きているのか。全然動かないし。呼吸を確認しようか。そう思って、さらに近づいた。


「—————……ん」

少女が、顔を歪めた。眩しそうに目を強く瞑って、身じろぎをする。急に動いたので、おれは「…わっ」と声を出してしまった。


少女の瞼が、ゆっくりと持ちあがる。きょろきょろと瞳を動かしたあと、おれと目線が合った。


銀色の瞳だった。


「………………………………………」


どれぐらい見つめていただろう。途中、呼吸も忘れていたかもしれない。目線を合わせたまま動けないし、少女も動かない。…どうするべきなんだ。


「…きゃっ!?」


先に声を出したのは、少女の方だった。頭が回ってきて、状況が理解できたのだろう。身体をぐっと縮こまらせて、おれを睨んだ。


「ちょ、ちょっと待った!お、おれは全然、怪しい、者じゃ…」


おれは慌てて弁明の言葉を口にした。あれ。でも待てよ。この状況で自分のことを怪しくないという方が怪しいんじゃ?


「…やっぱり、怪しい、よね?」


おれが苦笑いで訊くと、少女はぶんぶんと首を縦に振った。

じゃあ、なんて言えばいいんだろ。


「え、と、あれだな。…あ!とりあえず、武器はほら!ここに置くから!うん、これでおれは何も持ってないよ。え?何、他に?いやいや、隠してるものなんて無いから!じゃあ、あれだ、正座するから!これで大丈夫かな?土下座もいっとく?」


おれは正座をしたまま、頭を下げて床に付けた。これ以上、怪しくないことを示す方法が分からない。その前に、これでやり方合っているのか。謎だ。


普段あまりしゃべらないから、勢いと緊張でべらべらと余計なことを話してしまった。頭を床に擦りつけている自分が、恥ずかしくなる。


「…ぷっ」沈黙の後、吹き出す音が聴こえた。


「ふっ、くっ、うふふっ…!」


おれは土下座のまま、頭だけ上げて、少女を見た。口を掌で押さえて、肩を震わせて笑っている。


「…あの…」


「…っはっ!?」少女は軽く息を飲んで、驚いた表情をした。すぐに真っ白な頬が赤くなってくる。


「す、すいません、ちょ、ちょっとだけ、面白かったのもので…」少女は顔を手で隠して、おれに謝った。


「はあ…。…怪しくないの、伝わった、ってことで、いいかな?」


「あ、はい。大丈夫です。ごめんなさい、怪しむことをしてしまって…。だから、その、もう普通にしてもらって結構です」


よく分からないけれど、なんとかなったみたいだ。結果オーライ、というやつか。おれは土下座を解いて、立ち上がった。


おれはもう一度少女を眺めた。少し、苦笑いを浮かべている。でも、その表情もさまになっていて、とても————。


「あの、どうかされました?」


「っ!!な、なななな、何でもないです!」

おれは全力で手を振って誤魔化した。ほんと何やってんだ、おれ。そうじゃないだろ。


「…で」おれはうなじあたりを掻いた。

ここから、何をすればいいんだっけ?少女は不思議そうにこっちを見ている。早く、言葉を繋げないと。


「あ!そうだ。おれの名前は、ユウト。一応、傭兵をやってるんだけど…。道に迷って色々あって、この遺跡に来たんだけど。恥ずかしながら、今も絶賛迷い中…。で、帰る道を探してたら、君が、ここにいて、って、いう、ね?」


「はあ…?」


少女は困った顔で首を傾げた。相変わらず話すのが下手くそで、嫌になる。いう、ね?ってなんだよ。なんで疑問形になっちゃったんだ。意味不明だ。


「それで、えーっと…。君は?」


紛らわせるように、おれは少女に訊いた。少女は「わたしは…」と呟いたあと、言葉に詰まった。


「わたし、は…」急に顔の表情が曇った。頭を押さえる。どうしたのだろう。ちょっと心配になった。


「…名前は、ソラ、と、いいます」


ソラと名乗る少女は、自信なさげに応えた。


その名前を聞いて、真っ先に空が思い浮かんだ。でもなぜか、夕空を連想させる、不思議な雰囲気の子だな、と思った。


それが、ソラとの出会いだった。

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