第40話 <真名>

「で、これを見てほしいんだけど」


でも、ミコトはそれを吹っ切るように、ぱっといつもの明るい表情に戻った。そして、バッグから戦闘でよくお世話になっている式紙を一枚取り出し、石板に近づけた。


各々が、ミコトの式紙を眺めた。今まで気が付かなかったが、式紙にも何か文字のようなものが書かれているようだった。


はっとした。


丸みを帯びた曲線や、不規則に並べられた点。


「に、似てる…」

ハルカは目をぱちくりさせた。確かに、全く一緒というわけではないが、石板に書かれている文字と、雰囲気というか、形がどことなく似ている気がする。


「そ。魔術の基礎ってね、実は文字で出来ているんだ」


ミコトはそっと石碑に手を触れさせる。

「今私が使っている文字は術式化されて、幾つもの文字が合わさっちゃてるんだけど、これはそのオリジナルだよ」


「はぁ…」おれは無意識のうちに息が漏れていた。素直に感嘆したからだ。少しだけ、この世界の理について、触れた気がする。


「でね、この石碑や式紙に書かれている文字は“真名文字まなもじ”って呼ばれてるんだ」


「…まな?」コウタが頭を捻らせて呟いた。


「うん。真実の真に名前の名。あ、そうだ」


そう言うとミコトは、さらにバッグから様々な式紙を取り出した。


「これは、“火”の<真名マナ>、これは“風”の<真名マナ>、こっちは、“水”の<真名マナ>…」

ミコトは一つずつ、式紙を指さしていく。でも、式紙に書かれた文字はほとんど似たようなもので、違いが全然判別がつかない。


「その、ミコト。<真名マナ>って?」おれはつい、興味でミコトに訊いてしまった。


「うーん、そうだなぁ」ミコトは頬杖を突いて考える素振りを見せる。


「えっとね。今ユウ君は、ユウトっていう親が名付けてくれた名前があるでしょ?」

「う、うん」

「でもね、<真名マナ>はその人が生まれた時に与えられる、本当の名前のことを言うんだ」


「本当の名前?」

「そう。人間だけじゃないよ。この世に存在する全てに、<真名マナ>は与えられるの。例えば、今下に転がっている小石や、この、光る苔にも」


そう言ってミコトは、天井を見上げた。天井には、ヒカリゴケが脈打つように、光を弱めたり、強めたりして、きらきらと光っている。


「…この光っている数だけ、<真名マナ>があるってこと?」

「そうだよ」


ミコトは笑って応えた。おれはその光を数えようとして、止めた。数が尋常じゃない。これの分だけ<真名>があることを考えると、頭がこんがらがってくる。


「…それで、この<真名マナ>を文字化したものが“真名文字”と呼ばれてる。要するに、詳しく言っちゃうと、魔族は魔術を創ったんじゃなくて、“真名文字”を創った人たちなんだよ。だから私たち<魔術師>の間では、“魔”族のことを“真”族と言ったりする人もいるよ」


「へぇ…、魔族って、すごい人たちだったのね」

ハルカは関心したように頷いた。ゲンも理解しているようだったが、コウタは頭から変な湯気を出して、フリーズしてしまっている。キャパオーバーしてしまったみたいだ。まあおれも、完全に理解できたとまでは言えないけれど。


「でも」そこでハルカは眉を顰めた。「分からないのが、その<真名マナ>ってのがいったい誰から与えられるかしらね…?」


確かに、と感じた。とても至極真っ当な疑問だ。自分たちの名前が親から付けられるのなら、<真名マナ>はどこのどいつが付けるのだろう?


「うーん、そうなんだよね…。その研究をしてる人もいるだろうけど、まだそこまでは分からないよ。それこそ、魔族か、神様にでも聞いてみないとね」


神様、という言葉に、おれは反応してしまった。頭の中で、ショウの顔が思い出される。あいつ自身は、自分を神なんかじゃない、と語っていたが、おれたちをここに連れてきたということは、この<真名マナ>にも何か関係しているんじゃないだろうか。


「まあ、魔族の方は絶滅しちゃってるんだけどね」

「あ、絶滅したちゃったの?」


絶滅。何とも想像しがたい言葉だった。何千、何万という人間が死ぬ。途方もなさ過ぎて、どこか別の世界の話のように聞こえる。現実感が無く、絶滅という言葉の意味の恐怖だけが、頭の中を行き過ぎた。


「…でも、なんで絶滅なんかしたんだ?」

おれはミコトに訊いてみた。<真名マナ>を文字化するという、すごい技術を持っていたのだ。絶滅する理由なんて、あったんだろうか。


「さあ。色々説はあるんだけど、これもまだはっきりした原因は分かってないんだよね。ただ、魔族がある時期を境に、急に姿を消したことだけは、分かってる」


「そうだったんだ…」

「うん。本当に、分からないことだらけだよね…」

ミコトは、どこか遠くを見る目でヒカリゴケが瞬く天井を見上げた。


「まあとりあえず、ここはその魔族が残した何らかの遺跡ってわけね」

ハルカが溜息をついて肩を落とした。


「あ、うん、そうだと思う」ミコトは表情を改めて、大きく頷いた。


「おーい、ここ、まだ道があって進めそうだぜ」

いつの間にかコウタは、部屋の奥に移動していた。たぶん付いていけない話に飽きてしまって、探索していたのだろう。さらに奥に続く通路見つけたようで、そこを指さしている。遺跡に入るときといい、行動だけは早いよな、コウタって。


「どうしようか…?」

ミコトが振り返って、おれと目線を合わせた。


ショウがおれたちをここに連れてきた理由。ここが魔族の遺跡ということは分かったが、たぶん、それだけじゃないはずだ。もっと違う何かを孕んでいる。そんな気がした。


「…行ってみよう」

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