第39話 魔術の祖

「…あ」ゲンの声が響いた。ゲンの声は低いから、こんな場所では小さくても余計に響く。


広い空間に出たようだ。視野が、一気に広くなっていく。


そこは、たくさんの岩盤が並べられた、何の変哲もない部屋だった。


いや、それを何の変哲もないとは言わない。寸分狂いなく綺麗に整えられた岩盤は部屋の四方二十五メートルほどある部屋を埋め尽くしている。


「すげぇ…」ゲンは天井を見上げて呟いた。天井にも光る苔らしきものがびっしりと付着していて、おれたちを照らしている。


部屋はわりと広いが、岩盤が部屋を埋め尽くしているせいで、狭く感じる。


岩盤は、一つ一つが同じ大きさで、人間の身長と変わらないほど大きい。それが、縦横十列ずつ、綺麗に並べられているのだ。パッと見墓地が並べられているみたいで、気持ち悪い。


「んー?…なんじゃこりゃ」

コウタが目を細めてじっと岩盤を睨んだ。ところどころ崩れてしまっている岩盤もあるが、どうやら、文字が描かれているようだ。


おれも近くにあった岩盤を眺めてみた。


何を書いているか、全く分からない。今使われている文字ではないみたいだ。

ちなみに、文字も何とか読み書きができる程度には、身体が覚えてくれていた。どうやら、そこまではショウに奪われていなかったらしい。


「…もしかして石碑、なのかな…」

よく見れば、他の岩盤にも、何か文字が浮かび上がっている。これ、全部書かれているのか。


「…汝」ミコトが、急に何かを口にした。「汝、…を、…とき、門、…が、開く」

鳥肌が立った。ミコトじゃない誰かがしゃべったみたいで。


「…ミコト、あんた、これ読めるの?」ハルカがびっくりした表情で訊いた。


「あ、うん…。ところどころ掠れてて、読めないけど…」

ミコトは恥ずかしさを隠すように苦笑いを浮かべた。


「…これね、たぶん、“”の遺跡だよ」


まぞく。知らない言葉なのに、じわりと何かが浸食していく雰囲気があった。


「なんだよ?魔族って?」

おれの代わりに、コウタが眉をひそめて呟いた。「さあ、俺も知らねえや」ゲンもハルカも、分からないと首を振る。何やら、そこまでありふれた言葉ではなかったみたいだ。


「ごめんごめん!魔族はね、あたしたち<魔術師ウィザード>との間では、すごく関わりのある一族なんだ。一般的には、知られてないみたいだけど」

慌ててミコトは謝ると、今度は少し真剣な顔つきになった。


「魔族はね、魔術の原理を確立させた一族のことを指す言葉なんだよ」


この世界は、魔術、と呼ばれるものが普遍化している。


傭兵の<職業ジョブ>の<魔術師ウィザード>はもちろんのこと、人間が普通に生活を送る中でも、魔術は用いられている。


例えば、アルドラの街の用水路。あれは、近くの河から街まで水を引いているらしい。

しかし、近く、と言っても数キロ離れた場所にその河はある。本来なら物理的にアルドラの街まで水を引くことは不可能だが、そこで、魔術という別の法則を利用して、引水を可能にしている。


なんでも、転移魔術を用いているのだとか。河の底に転移元となる魔術を展開して、アルドラの街の用水路と繋げる。

展開した魔術に触れた水は、そのまま距離を飛び越えてアルドラの街へと到達し、水の出口となる魔術を街の中に組み込めば、新鮮な水が一瞬で用水路へと流れ込むという仕組みだ。


他にも、水の濾過を司る魔術などもその転移魔術の中に施されているらしいが、複雑すぎて、よく理解できない。

というより、そういう魔術を扱っていない一般民は、魔術の仕組みをほとんど理解せずに使っていることが多い。要は、綺麗な水が出てくる、という結果だけ分かれば良いのだから。


魔術の理をしっかりと学んで教養のある者はそう多くない。

しかし、ミコトたち<魔術師ウィザード>は例外だ。彼女は魔術を戦闘の一部として取り入れているが、彼女以外にも、魔術自体を研究して、魔術の幅を広げようと日々努力している研究者たちもいる。


で、その魔術を創り出したのが、魔族、ということか。


「ふーん?初めて聞いたわ、その話」

ハルカは少し驚いた表情で、また石板に書かれている文字を見ている。


「まあ、そうだよね。魔術というものがあまりに馴染み過ぎていて、もうどうやって魔術が出来たのかなんて知られてないからね…」


ミコトが悩ましげな表情でそう語る。確かに、彼女からすれば、好きなものが世間的に知られていないのは、寂しいのだろう。

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