第6話 強襲

「がぁああああああああっ!!」


後ろから、ぱっと風が生じた。視界の端からミコトに向かって走っていく。

ゲンだった。


ゲンはそのままミコトと化物の間に割って入ると、次の瞬間、耳を劈くような音が響いた。


金属同士がぶつかるような、歪な音。同時に、火花が爆ぜる。


ゲンは、装備していた盾を突き立てて、ミコトを守ったようだった。化物は、鋭利な尻尾を武器にして突き出したようだが、盾に軌道を逸らされて、地面に刺さっている。


刺さっている?


いくら軌道を逸らしただけとはいえ、威力は減殺されているはずだ。なのに、それでもこの硬い地面に刺さっているということは、それほど、尻尾の攻撃は強力だった、ということだ。


さっき、ハルカに助けてもらわなかったら。


考えたくなかった。でも、そういう時って、嫌でも想像してしまう。

腹を手で触る。突き刺されたわけじゃないのに、痛覚が刺激されたみたいだ。


「ぐっ…」

ゲンは苦虫を噛み潰したような顔をして、声を漏らした。腕がぶら下がっている。衝撃で、手が痺れているのか。


化物が尻尾を地面から引き抜いた時、しゅっ、という音と共に、横から三本のナイフが飛んできた。ハルカのナイフだ。しかしまたしても、黒い化物は軽々と後退してナイフを避ける。やっぱり、大きさに見合わず、動きが機敏だ。


ハルカが何か叫んだ。

「コウタっ!!」

「分かってらぁ!!」

化物が避けた先にいたのは、コウタだった。いつの間に動いていたのか。というか、身体は大丈夫なのか。全然気が付かなかったけれど、コウタは武器の槍を両手で構えて戦闘態勢をとっているということは、大丈夫だったようだ。


「いくぞおらぁっ!!」コウタは掛け声と共に畳み掛けた。まず一突き。腰に構えた槍を一気に突き放つ。腰から飛び出した槍は驚くほど、伸びた。


化物は身体を捻って槍を避ける。が、もうすでにコウタは射出した槍をもとの位置に戻し、二突き目を繰り出す。


槍の刃が化物の腕を掠めた。その時。


また、ひゅっ、と微かな風を切る音が聴こえた。化物は身を翻して、左側に避けると、さっきまで化物がいた場所にナイフがぐさっと突き刺さる。ハルカのナイフだった。


「終いだぁっ!!」

コウタの三突き目。ハルカの攻撃で、僅かに出来た化物の隙。その隙間に槍の刃を差し込む。


槍が化物の顔面目掛けて伸びていく。伸びていって------------。

届く寸前で、化物が尻尾を使ってすっと、器用に、槍をすくい上げた。


コウタの表情が歪んだ。その一瞬が、目に焼き付く。

化物は腕を軸に一回転した。その勢いに乗せ、槍とともに腕ごと跳ね上げられてがら空きになったコウタの胴体に、尻尾の腹を叩き込む。


「ぐ---------」

コウタはおもちゃの人形みたいに、面白いほど吹っ飛んだ。そして、壁に叩きつけられて、そのまま動かなくなってしまった。


おれはそれを、見ていた。見ているしか、できなかった。


「コウタァ!!」

ゲンが叫んだ。叫んでも、返事は無い。ピクリとも動かない。


嘘だろ?

途端、化物は休む間もなく動き出した。


窪地の地形を生かして、窪地の壁を走ってはジャンプする。端から端へ。また、走り出す。ジャンプして、また端へ。だめだ。動きが速くて、目で追えない。しかも、不規則で動きがどことなく巧妙だ。


ただ、赤い眼が残像を残して線を引く。


化物の狙いはゲンだった。化物はゲンの背後をとると、後ろからゲンに襲い掛かる。


「#・?¥~$&@!!」

化物がゲンに覆いかぶさる瞬間、奇妙な言葉が聞こえた。何かミコトが言葉を発したようだ。何を言ったかは、全く聞き取れなかったけれど。


同時に不思議な現象が起きた。化物が、壁に激突したように跳ね返ってしまったのだ。もちろん、ゲンと化物の間には壁なんて無い。


「ゲン君!!」ミコトはゲンに駆け寄ろうとする。

「ミコトっ、今は------」

ゲンが何か言いかけた時だった。


化物が、間髪入れずに、尻尾を振り上げて襲ってきていた。

化物は跳ね返されて窪地の壁にぶつかる瞬間、身を翻して壁を蹴っていたのだ。狙いは。


ミコト。防げる武器も防具も無い。無防備だ。


あ。


鈍い音が聴こえた。目の前が暗い。


なんでだろう。そうか、無意識に、目を瞑っていたのか。


おれは目を開けた。


視界には、ミコトを庇うような格好になっているゲンの姿が映った。ミコトは後ろに躓いたような姿で、ゲンを見つめている。そのゲンの背後には黒い化物が。でも、誰も動かない。


助かった、のか?


違う。何かおかしい。だって、ゲンの腹から、尻尾が生えている。尻尾って、腹から生えるものなのか。よく考えてみると、いや、よく考えなくとも、それは普通じゃない。普通腹から尻尾なんて、生えない。


「がっ…ふ…っ」

化物は、尻尾をゲンから引き抜くと、ゲンはそのまま地面に崩れ落ちた。


ゲンを貫いた時の音が、嫌に耳の奥に残っていた。

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