第9話 イメージ
意識したわけではなかった。来ると感じた時にはもう、身体が勝手に動いていたのだ。
砕けた岩の破片がおれに降りかかる。鋭利な破片が、頬を掠めてその部分がぐっと熱くなった。
危なかった。心臓がバクバクしている。あと一瞬避けるのが遅れていたら、と考えると息が止まってしまいそうだ。だから、考えない。
考えてるけど。
止まりそうな息を無理やり吐いて、おれは化物を見た。化物はもうすでにおれを捉えている。視線と殺気がびりびりと肌を撫でるようだ。
やばい。化物の反応が早すぎる。こっちはまだ次の動作の準備ができていない。とりあえず、剣を前にして何が来てもいいように構える。
…けど、何も来ない。
いや。
化物の尻尾が地面に深々と突き刺さり過ぎて、抜けないのだ。化物は自分の尻尾を引っこ抜こうと、悪戦苦闘している。
これは、チャンス、なのか?
おれは自分の持っている剣に目を落とした。いけるのか?早くしないと、化物の尻尾が抜けてしまう。でも、剣の振り方を知らないんだけど。
それでもかまわない?やるべきか。考えてる暇ないって。じゃあ、どうしろってんだよ。
「うぁああああああっ!!」
おれはまた叫んだ。色々な不安が頭を過ったけれど、とにかく、このチャンスを無駄にはできない。持っていた剣の切っ先を化物に向け、走り出した。
化物のどこの部位を狙おうとか、そんな余裕は一切ない。ただ突き進む。
ずっ。
嫌な音がした。見ると、剣が化物の脇腹あたりに、突き刺さっている。当たり前だ。自分が刺したんだから。かなり深く刺さっているようで、剣の刃渡りの半分以上が化物の肉で埋まっていた。
「ギャアアアアアアア!!」
化物が突然甲高い悲鳴を上げて、おれは驚いた。今まで聴いたことのない悲鳴だったので、わけが分からずに、無意識に剣を引き抜いた。
剣が刺さっていた場所から、赤い液体が迸る。血だ。気持ち悪い。綺麗な赤ではなくて、赤黒い。鉄みたいな匂いと、生臭さが鼻孔を貫いて、息。息が、できない。
同時に、吐き気を催してきた。手で口を押えて、胃から込み上げてきたものを塞ぐ。
馬鹿。何してんだ。
化物が、暴れ出した。痛がっているのか、闇雲に動いているのか分からない。けれど、化物の振るった腕が、立ち止まっていたおれの脇腹を直撃した。
気付いた時には、地面に腹這いになっていた。頭がぐるぐるするし、右の脇腹の鈍痛がひどい。
今、何がどうなって、こうなった?おれ、生きてるよな?もう、意味不明だ。
おれは目を瞬かせて、自分の右手を見た。なんとか、剣は手放していないようだった。
立たなきゃ。
脚を踏ん張って、身体を持ち上げる。これは、チャンスなのだ。化物も、今は痛みで動きを止めている。こんなことで、怯んでいられない。やらなきゃ、やられるだけだ。
けっこう、無理しているかもしれない。でも、身体に鞭を打つ。もう一度化物に接近を試みる。
次は、次はどうする?どう動けばいい?化物は、今は痛みで動きが鈍っているが、動き出されたら厄介だ。ここで攻めこまなければ、たぶん、勝機は無い。後手に回れば、必ずやられる。そういう確信がある。
じゃあ、後手に回らないためには?
考えろ。考えるんだ。走りながらでも、頭を動かせ。
“自分から攻撃し続ければいい”
…え?
声が聞こえた気がした。頭を酷使し過ぎて、おかしくなったのかと思う。実際、もう頭が今にもパンクしそうなほどだけど。
刹那、おれ目掛けてまた尻尾が繰り出された。そう知覚した時には、もう遅い。
あ。
同時に、視界にノイズが走る。
頭の中で、何かが弾けた。
急激に流れ込んできたそれは、自分の意思とは無関係に、身体を動かす。
おれは尻尾から逃げるのではなく、尻尾に向かって駆けだしていた。そして、尻尾が当たる直前、前に出した左足を軸に、身体を回転させる。
「…っ!!」
回転を利用して、尻尾を掻い潜る。もう、化物とは目と鼻の先だ。さらに、回転の勢いをつけたまま、おれは剣を振り切った。
今度は、肉を抉る感触が、剣を通して伝わってくる。奴の右前脚から、赤い鮮血が飛び散ったのを、視界の端で捉えた。
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