第16話
村人を伴っての移動は遅々として進まなかった。フレッドはボートの回収のためさっさと一人で洋上プラントに帰ってしまうし、マリアは一体全体どういう尋問の仕方をしたのか血まみれで帰ってきて村人を驚かせるしで物事が思った通りに運ばない。
全員が洋上プラントにたどり着いたのは、結局夜が明けて日が昇り始めた頃になってからだった。そこから、村人達が眠るためのテントと毛布を洋上プラントから持ってきて、ついでに食料庫から持ってきた食事も村人に配って歩いた。
それらが終わってようやくユウ達はデブリーフィングに取り掛かった。
「マル村の住民だけど、とても俺達だけじゃ抱えきれないぞ。最低限自立してもらわないと困る。このままじゃ共倒れだ。何か案を出してくれ」
そう切り出したユウは、思い思いの行動を取る二人に問いかけた。
「斧とかノコギリあるんだからぁ、それを貸し出してぇ、その辺の木を切って勝手に家を作ってもらえばぁ?」
「ま、現実的なところだとそうなるだろうな。畑なりなんなり耕してもらって、新しい村を作ってもらうのが楽っちゃ楽だ」
「村が完成するまでの間の護衛はどうするつもりだ。少ないとはいえこの辺は魔物が出るらしいんだ。放っておくって訳にもいかないだろう」
「そこまで蝶よ花よと守るつもりかよ? 連中だってこれまで生き延びてきたんだ、そんなに過保護にならんでもいいと俺は思うけどな」
ユウの考えとしては一度救ってしまったのだから最後まで面倒を見る義務があるというものだった。だが、フレッドの言う事にも一理あるし、きりが無いと言ってしまえばそれまでだ。今求められているのはどこまで手を差し伸べるのかという線引きだった。
どうしたものかとため息混じりに口に出しそうになった時、マリアがこんな事を言った。
「そういえばぁ、尋問した帝国兵が言ってたんだけどぉ、帝国は他国を侵略する事で勢力を拡大してるらしいからぁ、この辺にもいっぱい帝国に隷属させられた小国があるってさぁ。あたし達がそれを解放してぇ、村の開拓に組み込んじゃえばいいんじゃない?」
「冗談も休み休み言え。こっちは三人しかいないんだぞ? そうそう喧嘩なんて売れるもんか。今回勝てたのはたまたまだ。次もこうなるとは限らない」
「ところがどっこい、都合よく三人だけでも解放出来そうな国があるんだなぁ。ね、フレッド?」
「ん? まあ、出来るか出来ないかで言えば出来そうなところがあるっちゃある」
「……一応聞くだけ聞こうか。説明を」
「さっき私達が倒した部隊があったでしょぉ? 実はあの部隊、キルト王国ってところを攻めた帰りだったらしいんだよねぇ。つまり、今キルト王国は混乱の真っ只中にあって、敵対勢力である帝国兵は最低限の駐留部隊しかいないって事ぉ」
「王国か……また面倒な。王様はまだ生きてるのか?」
「んにゃ、もう国としては滅ぼされた後って言ってもいいかもねぇ。王族に生き残りはいないらしいよぉ。だから、狙うなら今がチャンスって感じぃ?」
王族がいなくなった王国は国としての拠り所がない状態だ。恐らくこれから帝国は、抵抗を続ける一部の人間を駆逐し、自分達にとって都合のいい政府を作り上げて傀儡政権とするつもりだろう。確かに、狙うならばこれ以上ないチャンスだ。
「どうするよ? やるなら迅速果断な判断を求められるぜ」
「……火事場泥棒みたいであまり気は進まないが、やろうか。ただし、やるなら徹底的にやるぞ。街を破壊する。焦土作戦だ」
中途半端に街を残してしまえば、思い出の残った住処にしがみつこうとする者が出てきてしまう。そうなれば、人的資源確保という元々の目的が達成出来ない。ただ戦争に介入して場を引っ掻き回す意味のわからない勢力になってしまう。
「望むところ。ロケットランチャーもC4も潤沢にあるからねぇ。徹底的に破壊するよぉ」
「おーこわ。しかし、足はどうするよ。まさか異世界らしく馬車に乗っていく訳にもいかねえだろ」
「妖精に頼もう。移動用の高機動車と橋を作ってもらう。仮眠を取ったら密林で魔物狩りをするぞ。今が7時だから……14時に行動を開始しよう。質問は?」
二人共質問はないようだったので、ユウは解散を宣言した。フレッドはあくびをしながらさっさと自身の寝室に向かって行ってしまった。ユウも後を追おうとしたら、マリアに首根っこを掴まれて阻止されてしまった。
「ユウはこっちぃ。あたしのだきまくらになってぇ」
「えぇ……作戦前だぞ? 勘弁してくれ」
「うるさーい。いいからあたしの言うこときくんだぁ」
ダルそうな声色と相反する力強さで、ユウはそのままズルズルと引っ張られてマリアの寝室で仮眠を取るハメになった。
◯
キルト王国は国という名を冠しているが、その実態は人狼と呼ばれる人にケモノ耳と尻尾を生やした獣人達が一人の王を元に団結した集落だった。
彼らは森の中にログハウスを作り、魔物と共生する形で生活していた。といっても、排他的種族という訳でもなく、商人を始めとする僅かながらのヒト属との交流もあった。
獣人というだけあり、ヒト属よりも遥かに優れた嗅覚を始めとし、身体能力に優れていた。反面、森の中という閉鎖的な場所に住んでいるので、この世界の基準で見ても文化的に劣っているという欠点があった。
彼らは狩りをするにもその身体能力の任せるままに攻撃を避ければいいので、ヒトのように甲冑を身にまとい身を守るという行動を取らない。それが故に、帝国兵が放った無数の弓矢の雨にさらされ、最初の邂逅で戦闘部隊の大半が戦闘不能になってしまったのだ。
あっという間に王宮は帝国兵によって制圧され、王族達はさらし首となってしまった。今こうしてギリギリにでも抵抗出来ているのは、ひとえに人狼としての誇りと、ただ一人生き残った王族のミュイを守らなければならないという使命感からだった。
「ミュイ様、我々が命をかけて道を切り開きます。どうかお逃げください」
王族付きの武官であるジゼルはそう言った。指通りの良さそうな灰色の長髪が美しい女性だった。グラマラスな肢体も相まって、健全な男性であれば10人が10人道で出会えば振り返りそうな美貌の持ち主だった。
対するミュイと呼ばれた少女、否幼女はまだ年端も行かない子供だった。しかし幼さを感じさせない、年齢に反した意思の強さを感じさせる瞳を持っている。
「なりません。わたし一人生き残ったところでなんの意味があるというのですか。我々は全員で一つの種族なのです。逃げるのならば全員で逃げます」
「しかし――」
「報告します!」
「なんだ! 今重要な話しをしている最中だぞ!」
「フェンリルを名乗る妙な格好をした三人組がミュイ様にお目通しを願っております。どうされますか」
「今がどういう時かわかっているのか……! 追い返せ!」
「待ちなさい。このような状況でわざわざわたしに会いに来たのです。話してみる価値があるかもしれません。通しなさい」
「ミュイ様……よろしいのですか?」
「今は天にもすがりたい時です。何かを変えるためには、危険を承知で渡らねばならぬ橋もあるのです」
「……わかりました。通せ、ただし武装は解除させろ」
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