第15話

「敵襲ー! 敵襲だー!」 


 帝国兵はそれまでの気の抜けた様子から一変して、思い思いの武器を手に取るとまだ見ぬ敵に備えて陣を固め始めた。すなわち、指揮官を囲うようにして大盾を装備した兵が固めたのだ。


「意外に統率が取れてるな……ウルフ1より各位、戦線を押し上げる。ウルフ2は俺と共に50メートル前進。ウルフ4はその場で援護射撃を続行せよ」


『ウルフ2りょうかい』

『ウルフ4了解だ』


 前進するも、絶妙に位置が悪かった。ユウとマリアの位置からでは連射して帝国兵を蹴散らそうにも、篝火ごと陣形を組まれてしまったので要救助者の村人もその中央にいるのだ。


「駄目だ。視界が確保出来ない。ウルフ1よりウルフ4。敵の陣形を崩せ。くれぐれも村人には当てるなよ」


 木の上に陣取ったフレッドであれば上から大盾持ちだけを狙撃する事が出来るだろう。


『ウルフ4了解。俺を誰だと思ってんだ。右側に穴を開ける』


 暫し前進した位置で待機していると、フレッドが上手くやってくれたようで右側の大盾持ちが全員倒れた。おかげで、少しだが中の様子を覗く事が出来た。


「ウルフ4、よくやった。ウルフ2、俺と一緒に更に前進。大盾を目標に変更。視界を確保するぞ」


『ウルフ2りょうかい』


 バタバタと倒れていく仲間の姿に帝国軍隊長は恐れ慄いた。この期に及んでまだ敵の姿がわからない。


「な、なんだ……俺達は何に狙われているんだ……?」


 見えない敵となどどう戦えというのか。刻一刻と減っていく仲間の数に焦りながらも、帝国軍隊長は指示を出す事が出来なかった。


 そして遂にその時が訪れる。守りと呼べないほどに帝国兵の数を減らしたユウとマリアが帝国軍隊長の前に姿を表したのだ。


「投降しろ。もう勝敗は決してる」

「お、お前達はなんだ……何が目的だ!」


「村人の救出だ。俺達にはお前達と敵対する意思はない。だから、村人を解放してくれたらこれ以上何かをするつもりはない」


「は、ははは! バカめ! 自ら弱点を晒すなど!」


 帝国軍隊長は部下に村人を人質に取るよう命じた。乱暴に引き上げられた一人の青年の首にロングソードが突き立てられる。


「お前達こそ投降しろ! 村人の生死は我らが握っているのだぞ!!」


 ユウはそれを見て無線で「ウルフ4、やれ」と言った。間髪入れずに青年にロングソードを突き立てていた帝国兵が血を流して倒れた。


「もう一度言う。投降しろ」

 ユウが銃を突きつけてそう言うと、彼らは手にした武器を続々と手放した。


「掃討戦に入るぞ。ウルフ4、ウルフ2と共に家屋に侵入して残敵を掃討しろ」


『後始末は?』

「必要ない。至急村中央まで来てウルフ2と合流しろ」

『ウルフ4了解。アウト』


 合流したフレッドがマリアと共に家屋に潜伏している帝国兵の残りを掃討していく。都度無線で確保が完了したという情報が流れてくる。そして、


『ウルフ2よりウルフ1。最後のポイントを確保。残敵はいないっぽ。指示を乞う』

「ウルフ1了解。状況終了。警戒しつつ村中央まで移動せよ。アウト」


 帝国軍の生き残りは6人だけだった。現在、その6人は縛り付けて篝火の前に並べているが、情報を引き出せそうなのは隊長格の人間だけのようだった。他は一兵卒で情報を持っているとは到底思えない。


「さて質問だ。なぜ村を襲った?」

 ユウは隊長格の人間にそう問いかけた。しかし彼はだんまりを決め込んでいる。しょうがないのでナイフを膝に突き立てて立場を理解させる。


「グッ!」

「もう一度聞くぞ。なぜ村を襲った?」

「……仲間がやられたのだ。当然の事だろう」

「そうか。部隊の規模は? これで全部か?」


「そうだ。だが、俺達が帰還しなければ何度でも我が軍は報復に訪れるぞ。何度でもだ!」


 ユウは膝に突き立ててナイフをグリグリと動かした。


「グアアアア! 貴様ぁああああ!」

「うるさい。聞かれた事にだけ答えろ」


 ユウは尚も尋問を続けようとしたが、肩に置かれた手がそれを止めた。


「すとっぷだよぉ。皆怖がっちゃってる」


 いつの間にか戻ってきていたマリアが周りを見るよう促した。見ると、確かに助けたはずの村人達が恐怖に満ちた目でユウを見ていた。


「あいつらには英雄が必要なんだ。って事で、その役目はユウ、お前に任せる」


「そゆこと。尋問はあたし達がやるからユウは人心掌握よろしくぅ」


「おい待て。面倒を人に押し付けるな」

「俺らの上官様だろぉ? それぐらいやっとけ」

「都合のいい時だけ上官扱いするな」


「いーからいーから、てきとーに上手い事言ってぇ、味方にしちゃえばいいだけだよん」


「あ、おい! まったく……しょうがないな」


 マリアとフレッドは4人ほど帝国兵を射殺すると、残った一人の兵士と隊長格を引きずって森の奥へと消えていった。残されたユウは村のまとめ役を探した。ちょうどよく村の生き残りが集まっているので大声で呼びかけると、一人の老人が前に出てきた。


「私が村長のグリムです……あの、我々はどうなるのでしょうか……?」


 グリムと名乗った老人は酷く怯えた様子だった。先程帝国兵に向けられた武力が自分達にも向けられるのではないかと危惧しているようだった。


「安心してください。我々は味方です。決してあなた方に危害は加えません」


「そうですか……よかった。あなた方はどこかの兵士なのですか? お名前は?」


「我々ですか? 我々はフェンリルです」


 フェンリルという名を聞いた村人達はにわかに沸き立った。理由はわからないが、どうも好意的に受け取られているようなのでユウはそのまま流す事にした。


「それよりも、早く村を脱出する準備をした方がいい。先程あの男が言ったようにこのまま村にいれば再び帝国兵は襲ってくるでしょう。なので、この村に滞在するのは得策とはいえません」


「そんな……! しかしそうは言っても見ての通り怪我人もいます。それに、森には魔物もいます。我々に行く宛など……」


 グリムはそう言って期待に満ちた目でユウをチラチラと見てきた。ユウはさっそうとこの場を後にした二人を心底恨んだ。


(難民キャンプそのものじゃないか……)


 難民とは紛争や内戦で住む場所を追われ、他国に庇護を求めている状態の人間を指す。今グリム達マル村の人間がまさしくその状態であり、そこに帝国兵という武装勢力を排除したユウ達が現れた。しかも、装備の状況を見るにユウ達は安全な場所を提供出来そうなのだ。


 グリムは全てを理解した上で言外に自分達を安全な場所、ひいては難民キャンプへ連れて行ってくれと言っているのだ。


「……意外に強かじゃないか」

「なにか言いましたか?」


 ボソリとつぶやいた言葉が聞こえていたのか本当に聞こえていなかったのか、とにかくとぼけた様子でグリムはそう言った。


「いえ何も。わかりました。我々が滞在しているポイントまで誘導します」

「本当ですか! ありがたい……!」


「しかしこちらも人数が少ないので徒歩での移動となります。馬車には怪我人優先でお願いします」


「わかりました。聞いたなお前達! 急いで荷物をまとめるのだ!」


 グリムの号令で怪我人を除く村人が慌ただしく動き始めた。そんな中、横たわる男性の側から動こうとしない少女がいるのに気付いた。あの後ろ姿には見覚えがある。


「リリウム……?」

 側に行って声をかけたが、すぐにそれが失敗だった事に気付いた。彼女の側にウォルトの亡骸があったからだ。


「……すまない。俺がもっと早く決断していれば」


「……いいえ、ユウさん達は早かったです。お父さん、真っ先に殺されたみたいです」


「そうか……」


 こんな時、なんて声をかければいいのかわからなかった。数多の戦場を駆け抜けて来た。そのたびに戦友が死ぬのを目にしてきた。なのに、決まってユウはこんな時黙ってしまう。


 ここにいても出来る事はないと思ったユウはその場を後にしようとした。だが、リリウムが誰に向けるでもなく喋り始めた事でその足を止めた。


「ワイアードは生きてるだけで不幸を呼ぶ。この大陸に古くから伝わる言い伝えです。私はそれを迷信だって思ってたけど、本当みたいですね」


 念の為周囲を見渡したが、この場にはユウとリリウム以外にいなかった。ユウは気が進まなかったが、ため息一つ彼女の独白に付き合う事にした。


「そのワイアードっていうのが何なのかはわからない。だけど、生きてるだけでっていうのは言い過ぎじゃないかな」


「でも、私が前にいた村も帝国に攻め滅ぼされました。これで2回目なんですよ?」


「俺はこの世界の事はよくわからない。だけど、こういう事はよくある事なんだろうなっていうのはわかるよ」


「だからって、どうして私ばかりこんな目に遭わなきゃいけないんですか……」


 ネガティブ思考に支配されているらしいリリウムに、自身の過去を見たユウは彼女の視線まで姿勢を下げるとこう言った。


「俺は世の中には二種類の人間がいると思ってる。勝者と敗者の二種類だ。勝者を幸せな生活を送れる人間だと思ってくれていい。勝ち敗けがあるって事は、当然、戦う必要があるよね? 人間生きてる限り常に何かと戦っているって事だ」


 ここまでリリウムの心に響く言葉はなかったようだ。彼女は不思議そうに首を傾げている。最悪だ。言っている内に、段々何が本当に伝えたい事なのか見失ってしまった。


 ユウはヘルメットを取って頭をガシガシ掻くとこう言った。


「あー、つまり何が言いたいかっていうと、悪い事ばかり考えていないで、今が幸せになるよう戦えばいいんじゃないかって事さ」


「戦う、ですか……?」


「そう。何も俺達のように武力で戦えって言う訳じゃない。お金持ちの男を捕まえるためにオシャレしてみるのだって立派な戦いだ。なんでもいいから前を向いて歩こうって事」


 ここまで話してようやくリリウムは、ユウが不器用ながらに自分を慰めようとしてくれているのだと理解した。


「ありがとう、ございます。慰めてくれてるんですよね?」

「まあ、そのつもり……だけど、やっぱり慣れない事はするもんじゃないな」


「でも、ちゃんと伝わりましたよ。だから、ありがとうございます」

「2回も言わなくていいよ。さ、お父さんのお墓を作ろう」

「……はい。さようなら、お父さん」


 二人は村の外れにお墓を作り始めた。最初は二人だけだったが、精一杯土を掘るリリウムの姿を見た他の村人も、いつしか穴掘りを手伝い始めた。


 最終的に村人総出で亡くなった人を見送った。異世界でも亡くなった人に対して黙祷を捧げるのは共通の文化だったようで、皆手を合わせて天に祈っていた。

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