第17話

 時は戻り、密林で魔物を狩って魔石を獲得したユウ達は妖精に頼んで洋上プラントと森側にかかる橋を作ってもらっていた。高機動車が二台すれ違える程度の大きさの橋を頼んだのだが、やはり大規模な工事だけあって建造完了には丸一日かかるらしい。


 その間、特にやる事もないので惰眠を貪ろうと思っていたのだが、マリアとフレッドに揃って「人心掌握するなら今がチャンス」と言われて、マル村の生き残り達がどういう生活を送っているのか視察するハメになってしまった。


 ユウは「なんで俺が……」という気持ちでいっぱいだったが、二人の言い分は十分に理解出来るので、しょうがなく、本当にしょうがなくボートに乗ってキャンプを訪れていた。


 マル村の人達はたくましかった。ユウ達に言われずとも、自分達で木々を切って新たな村を作らんと周囲を開拓し始めていた。


 この分だと、開拓をするための道具を今すぐにでも貸し出した方がいいかもしれない。そんな事を思いながら歩いていると、リリウムに声をかけられた。


「ユウさん!」

 そう言ってトコトコとこちらに駆け寄って来る彼女は、食料の調達をしていたようで、手にしたかごに果物などが入っていた。


「やあリリウム、食べ物を集めてたのか?」

「はい。働かざる者食うべからず、です。ユウさんも一個いかがですか?」


 そう言って差し出されたリンゴに似た果物を受け取り、食べながら「そうだ、ちょうどいいから話しを聞かせてくれないかな?」とユウは言った。


「話し、ですか? 構いませんが、どんな話しですか?」


「いやなに、ここの暮らしぶりについて聞きたかったんだ。マル村の人達は早速開拓を進めてるみたいだけど、何か不自由をしていないかと思ってね」


 そう問いかけると、リリウムは人差し指を顎に当てて考える素振りを見せた。


「うーん、強いて挙げるなら食料ですかね。やっぱりユウさん達からもらう缶詰でしたっけ? あれだけだと足りないので。あっ、ユウさん達を責めてる訳じゃないんですよ? こうして安全と寝る場所を貰えただけありがたい事だって皆わかってるので」


「わかってるからそんなに慌てないでも大丈夫。しかし、そうなるとやっぱり田畑の開拓が急がれるな。今皆は家を作るために動いてるんだよね?」


「そうですね。やっぱり今のテントじゃ万が一魔物が現れた時どうしようもないですから」


「重機があれば手っ取り早いんだろうけどなあ……流石に洋上プラントにもそれはなかったし、やっぱり道具を貸し出して人力で頑張ってもらうしかないか」


 考えを整理するがてら口に出すと、ユウの肩に腰掛けていた妖精が何事か喋り始めた。いわく、


「魔石と資材を渡してくれたら重機も作れる」


 らしい。一瞬本当かどうか疑ったが、すでに常識を覆す所業をやってのけている彼女達がそう言うのならばそれは本当の事なのだろう。であれば、早急に資材集めも行う必要がある。


 渡す資材の種類についてなどの話し合いを妖精と行っていると、リリウムが「前から不思議だったんですが」と話しに入ってきた。


「ユウさんって随分妖精さんに好かれてますよね」

「そうなのか? 比較対象を君しか知らないからよくわからない」


 ユウがそう言うと、リリウムは周囲を見渡した。どうやら人の目があるのを気にしているらしい。よくわからないが、あまり人に聞かれたくない話題のようだ。


「ちょっと場所を変えようか」


 気を利かせたユウがそう言うと、リリウムは「すみません」と言った。やはり人の目が気になっていたらしい。


 どうせなら、という事で、ユウが初めて妖精と出会った泉に向かう事にした。


 ここは妖精達にとって特別な場所らしく、いつも以上に光り輝く彼女達は水辺ではしゃぎまわっている。


「以前妖精は普通の人には見えないとお話ししたのは覚えていますか?」

「そういえばそんな事を言っていたね」


「普通、妖精はワイアードにしか見えないんです」

「前もチラッと言っていたけど、ワイアードっていうのは?」


「感情をエネルギーに出来る種族の事です。見た目はある一転を除いてとてもヒト属に似ていますが、厳密には別の種族です。ワイアードは不幸を呼ぶ存在だとして、この世界ではどこに行っても迫害されているんです」


 そこまで聞いて、ユウは一つの可能性に思い当たった。マル村が襲われた際も、リリウムはワイアードについて言及していた。


「ひょっとして、リリウムはそのワイアードって種族なの?」


 そう問いかけると、リリウムは一瞬の間を置いて小さく頷いた。そして、服の袖を捲くって右腕を見せてきた。そこには魔石に似た、小さなエメラルドグリーンの石が埋まっていた。


「それがワイアードである証なのかい?」

「はい。ワイアード皆、身体のどこかにこうした石が埋まっています」

「触らせてもらっても?」


 リリウムは頷いて腕を差し出してきた。優しく触れると、不思議な事に石それ自体が暖かかった。まるで血が通っているようで、今にも脈動しそうなほどだった。


「実は、私のお父さんは本当のお父さんじゃないんです。子供の頃行き倒れていた私を拾ってくれて、以来本当の子供のように育ててくれたんです。おかげで、マル村での私はヒト属として過ごせています」


「なるほどね、道理で変だと思ったんだ。リリウムはすぐに妖精について言及してきたのにウォルトさんは何も言わなかったから」


「お父さんは普通のヒト属ですから、妖精は見えません。ユウさんも、ひょっとしたらワイアードなのかもしれません。妖精は普通のヒトには絶対に見えませんから」


「俺が? あり得ないよ。そもそもこっちの世界で生まれ育った訳じゃないしね」


「お父さんとお母さんは普通の方でしたか?」

「いや、俺は孤児院育ちなんだ。だから、両親の顔は知らない」


「ならやっぱり、どこかでワイアードの血が入っている可能性があると思います。それに、ここまで妖精に好かれるという事は高貴な血が混じってるのかも」


 両親の顔を知らない上に、ユウ達が箱を通る以前に、この世界を訪れていた地球側の人間がいたかもしれないという可能性が、リリウムの言葉を否定しきれなくさせていた。だが、


「今となってはわからない事さ。それよりも、妖精がどういう生態をしているのかという方に興味がある」


「それは私にもわかりません。気がつけば側にいるので、私にとっては善い隣人です」


「リリウムでわからないなら、いよいよ本当に不思議生物だな。俺にとっては魔石を渡したら大抵の事をやってくれる便利屋さんだよ」


「たぶん、そういうところからもワイアードは迫害されているんだと思います」

「ん? どういう事?」


「だって、私達にしか見えない存在が頼んだら大抵の事をやってくれるんですよ? 普通の人は羨んで自分達も、ってなるじゃないですか」


「確かに。実際フレッドには俺も妖精が見えたら、とか言われたな」


「人は自分にないものを羨んだりしますからね。あ、そうそう、この泉は妖精達にとって特別な場所みたいなのでもし余裕があれば守った方がいいですよ。妖精は気まぐれなのでいついなくなっちゃうかわかりませんから」


「了解。早めに対処するようにするよ。そろそろ戻ろうか」

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