第10話

「もう食べれるかなぁ?」

「念の為焦げる寸前まで焼いた方がいいぞ。俺はベトナムで半生の肉を食って死にかけた」


 待ちきれないといった様子のマリアは肉を何度もひっくり返していた。対するユウはジッと焼けるのを待つ。性格の違いが出ているように思った。


「そろそろいいかな? 毒味はどっちが――もう食ってるじゃないか……」

 万が一の事態に備えて毒見役を決めようと思ったのだが、マリアはすでに肉を口に入れていた。


「どうだ?」

「すごい美味しいよぉ。臭みもないし、いい赤身って感じぃ」


 大丈夫そうだったので、ユウも食べてみる事にした。噛みしめると、いい感じに肉汁が迸った。脂が少なく、肉本来の旨味を味わえる肉だった。やはりシカなどのジビエに近い。


「美味いな。二人じゃ食べきれないし、焼けるだけ焼いて持ち帰ろうか」

「そうだねぇ。これでビールがあったら最高なんだけどなぁ」


「元の世界に戻ったら好きなだけ飲めばいいさ」

「ユウも居酒屋付き合ってよ」

「暇だったらな」


「もう、つれないんだからぁ。そんな事言ってたら別れちゃうぞぉ」

「別れるも何も付き合ってないだろ」


「は?」

 それまでにこやかに肉を食べていたマリアが急に瞳孔ガン開きで睨みつけてきた。どうしてかガラスにヒビが入った音が聞こえた気がした。


「いや、え? ど、どうしたんだよ、急に……?」

「あたしの処女奪っといて責任取らないつもり?」


「え、ええ? いやいや待て! あれってそういうつもりだったのか?」

「そうに決まってんじゃん。なに、ヤリ捨てするつもりだったの?」


「そ、そんなつもりじゃなかったけど……」

「じゃあどういうつもりだったのぉ?」


 ユウの中ではヤる=恋人関係になるの図式ではなかった。PMCは戦場に身を置く以上、明日の命の保証はない。だから、少しでも気になった相手とはすぐにそういう関係に至るケースが多い。しかし多くの場合がそうなったからといって恋人関係になるかといわれると答えは否だ。当然、マリアもその認識だとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「ど、どうって言われても……その……」

「やっぱりヤリ捨てするつもりだったんだぁ……どうせあたしなんて……」


 先程とは打って変わって傷ついたといった様子で悲しそうに言うマリアに、ユウは「そんなつもりはない!」と慌てて言った。


「じゃああたしと恋人だよねぇ?」

 いつの間に移動してきたのか、気がつけばマリアはユウの側に来て手を握っていた。


「そ、そうなる、のかな……?」

「そうなるよねぇ。あたしとユウは恋人だよぉ」

 甘ったるい声で耳元にそう囁かれると不思議とそんな気がしてくる。


「だ、だけどやっぱり恋人ってのは……」

「ヤッてる時あたしの事好きって言ったよね?」

「あれは言わされた……」

「あたしの事嫌い?」

 そんな聞かれ方をしてしまうと「好きだぞ」と返す他ない。


「じゃああたしとユウは恋人。いいね?」

「はい……」

 返事に満足したのか、マリアはユウの頬に軽くキスをして離れていった。


 なんだか言いくるめられたような気がするが、元々のユウとマリアのパワーバランス的にこうなるのは見えていた。上司と部下という関係だが、プライベートではいつもマリアが上手だったのだ。


 マリアに獲物としてロックオンされたが最後、こうなるのは運命だったのかもしれない。人生諦めが肝要である。ユウはせめて、束縛はしないでほしいなあと思うのだった。


   ◯


 焼き終えた肉を持てるだけポーチに詰め込んだ二人は、ひたすら水上拠点目指して歩いていた。


 先程シカシシと遭遇した地点から一時間ほど経過した頃になってようやく肉眼で確認出来る距離に到達した。


「こりゃ中を見るのが大変だぞ……」

 ユウがそう言うのも無理はなかった。アマゾン川を思い出させるほどに広大な川幅がある川の中央にそれは鎮座していた。


 イメージ的には洋上プラントが一番近いだろうか。六角形の赤茶色のそれは、どう考えてもこちら側の技術では作れない。錆びているが、鉄とコンクリートで作成されたであろうそれは、過日の任務で見た水上拠点そのものだった。


「橋の類は見えないねぇ。川の流れも穏やかだし、筏でも作って近づいた方がいいカモ」


「やりたくはないけど、そうする他ないみたいだな。マリアもマチェットは持ってるだろ?」


「持ってるよぉ」

「しょうがない。二人で木こりになるとするか」


 幸いにしてここは森だ。材料だけは豊富にあった。大掛かりな物を作るつもりはなかったので、一本の太い木を切って、それに浮きをつける簡単な物を作成した。早くないとはいえ流れは確かにあるので、オールはしっかりとした物を作成した。


 出来上がった丸木舟もどきで水上拠点を目指す。木を掘っているような時間はなかったので足が思い切り水に浸かっているがしょうがない。


 近くまで漕ぐと、錆びた梯子が見えてきた。二人は船をそこに接舷させると、蔓で固定させて登り始めた。


「ギシギシいってるな……」

 かなり高さがあるので登っている途中に脱落しない事を祈るばかりだ。落ちてもそれなりに深さのある川なので致命傷は負わないだろうが、出来る事なら無事に登りきりたい。


「落ちたら命綱のないバンジーだねぇ。溺れてたら人工呼吸よろしく」

「勘弁してくれ……」


 すでに一度マリアには蘇生措置を施しているので洒落になっていない。そんな不安とは裏腹に、錆びた梯子はしっかりと二人を上まで登りきらせた。


「これは……」

「完全に軍事拠点っぽいねぇ」


 下からではわからなかったが、上に立つとパッと見でわかるほどに軍事拠点となる事を目指して作られたであろう事がわかった。


 建造途中だったようで、鉄骨が剥き出しになっている部分が多く見られる。しかし、最低限の部分は建造が完了しているようで、施設内といえるほどには水上に屋内が建設されている。ヘリポートもあるので、少なくない人間がここを出入りしていたのだろう。


「探索の必要があるな。二手に分かれよう。俺は裏から見て回る。マリアは表からで」

「りょうかい」


 濡れて歩くたびに水を放出するブーツに苛立ちながら裏に回ったユウは、手近な扉に手をかけた。しかし、錆びているのか鍵がかけられているのか開かなかった。いや、よく見ると扉が溶接されていた。


(溶接してあるという事は慌てて逃げたという訳じゃなさそうだな……)


 他の扉も確認してみたが、やはりどの扉も同様の処置がなされていた。この施設の持ち主はよほど中に見られたくない物があるらしい。


「やっぱり無駄足だったな」

 そう思ったのだが、何やら妖精達が騒ぎ始めた。話しを聞くと、魔石をくれたらこの扉を開けると言うのだ。そんなバカなと思ったが、ユウはここが異世界である事を思い出し、ものは試しという事で彼女達にお願いしてみる事にした。すると、信じられない事が起こった。


「……地球に戻ったら本格的にカウンセリングを受ける必要がありそうだな」


 どこから現れたのか、扉を軽く覆ってしまうほどのカーテンが出現したかと思うと、妖精達はその裏で何やら作業を始めた。例えるならば、劇場で幕が下りたのにスポットライトが当たっている事でシルエットにより誰が何をしているのかわかるといった状態だ。


 一体全体カーテンの裏で何が行われているのか、彼女達はジーだのガシャンガシャンだの工事現場のような音を鳴り響かせていた。


 あまりの出来事に半ば放心状態でそれを見ていたら、やがて作業が終わったのかカーテンが綺麗サッパリ消えてなくなった。後に残ったのは新品同然の扉と、やりきったという表情で汗を拭う妖精達の姿だった。


 信じたくないが、現実に事が起こってしまった以上認めるしかない。ユウは「余った魔石ですぅ」といったニュアンスで若干小さくなった魔石を渡してくる妖精にお礼を言って扉に手をかけた。


 そこにあったのは大量の保存食だった。手に取って確認してみると、密閉されていたのが功を奏したのか保存状態に問題はなさそうだった。賞味期限もまだまだある。


「マリア、缶詰を発見した。そっちはどうだ? 送れ」

 ユウは無線でそうマリアに言った。


『マジぃ? こっちは扉全部溶接されてるからなんにもないよぉ。送れ』

「了解。なら、一つ説明したい事が出来たからこっちに来てくれ。送れ」

『りょうかい。アウト』


 待っている間に更に室内を探索すると、一つの事実がわかった。ここに置かれている保存食はすべて軍用だった。やはりここは軍事拠点としてPMCなり国軍なりが利用しようとしていたという事だろう。とすれば、ここは食料庫という事になりそうだ。


「や、おまた」

 食料庫を漁っていると、後ろからマリアがやってきた。

「すごい量の保存食だねぇ。説明したい事ってこれぇ?」


「いや、これもそうだけど別にある。やっぱりここは軍事拠点で間違いなさそうだ。これを見てくれ」

 そう言ってユウは一つのレトルトパウチを渡した。


「ん? これがどうしたの?」

「裏を見ろ」

 言われて裏を見ると、製造国の欄にミンシャンと書かれてあった。


「こりゃ驚いた。ミンシャンじゃん。なんで異世界にFARMの一角があるのさ」


「わからない。だけど、ミンシャンが軍用レーションを販売していたのは第三次世界大戦の頃だ。だから、少なくともこの施設はその頃に建てられたものって事になる」


「どういう事ぉ? 箱はそんな頃から地球にあったって事?」

「可能性としてはそうなるな。この施設も、ひょっとするとミンシャンのものなのかもしれない」


「でも今回の依頼主はアウスレーゼでしょぉ? いやはや、なんとも陰謀っぽくなってきたねぇ」


「……あまり考えたくないけど、俺達は企業の捨て石にされたのかもしれない」

「ちょいちょい、理論が飛躍してない? なんでそうなるのさぁ」


「もし四大企業同士の争いに巻き込まれたんだとしたら、今回派遣された部隊の規模は小さすぎる。だから、難癖をつけるための最初の犠牲者にされたんじゃ、って思ったのさ」


「もしユウの言ってる通りだとしたら、救援望めないじゃん」

「そうなるな。カスミさん達も、どういう扱いを受けてるかわからない」


 捨て石は現地で死ぬ事をこそ望まれている。生き残りは情報を引き出すだけ引き出したら後は口封じに殺されてしまうのがオチだ。


「こりゃいよいよこの世界で式を挙げるしかないねぇ」

「おい、なんでそうなる。今はシリアスムードだっただろ」


「だってそうじゃん。元の世界に帰れないならここで二人ずっと一緒って事でしょぉ。なら結婚するしかないよ」


「勘弁してくれ……そんな事より、武器庫っぽい扉は見なかったか? 軍事拠点だから絶対にあると思うんだけど」


「ああそれなら、それっぽいのがあったよぉ」

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