第9話
翌日、日が昇ると同時にユウとマリアは家を出た。一刻も早く死体を隠蔽しなければ厄介な事になるのは見えていたからだ。泉からユウについてきていた妖精達も、眠そうに目をこすりながらついてきていた。
「昨日みたいな化け物が出てこないといいけどねぇ」
道すがら、マリアはそんな事を言った。
「人が暮らしているくらいだからこの付近はそこまで数は多くないはずだ……と思いたい」
「昨日みたいな犬が出てきたら9ミリじゃどうしようもないよねぇ」
「カスミさんは9ミリで殺してたみたいだけど」
「えぇ……カスミっちみたいな人とあたしらを一緒にしちゃだめだよぉ。うー、ショットガンが恋しいぃ」
「どうやって9ミリであの犬を殺したのか今度会ったら教えてもらおうか」
なんて話していると、昨日兵士を殺した場所に着いていた。しかし変だ。あるはずの死体がない。
「あれぇ? 場所間違えたぁ?」
「いや、血痕は残ってるからここで間違いない」
(魔物が死体を食ったのか? いや、だとしても残骸が無いのはおかしい)
ユウは暫く周囲を見分したが、装備どころか衣服の切れ端すら見つけられなかった。
「……最悪のケースかもしれない」
「って言うと、帝国軍が村を襲いに来るパターン?」
「ああ、確証はないけど、その可能性が高い」
「うそでしょぉ。あたし装備も整ってないのに戦いたくないよぉ?」
「もう一つの可能性は鉄ごと人間を食う魔物がこの付近を徘徊している可能性だ」
「もう! どっちにしろ戦わなきゃいけないじゃん!」
「マズイな……情報収集は後回しだ。一刻も早く装備を整える必要がある」
帝国軍と戦うにしろ、村を見捨てて逃げるにせよ、武器がなければ戦えない。
「えー……一時キャンプに戻るって事ぉ?」
「確実に武器があるのはそこしかない。村に戻って迂回路を聞こう。流石にあの川は泳いで渡れないからな」
「やだやだせっかく生き残れたのにまたあそこに戻りたくないよぉ!」
「駄々をこねるな。それ以外に武器を回収出来る場所なんてないんだから」
ユウがそう言うと、マリアはピコンと何かを思いついたようだった。どうせろくでもない事なのだろうが、今は仲間がマリアしかいない以上聞く義務がある。
「話にあった水上拠点に武器があるかもよぉ?」
「そんな存在自体不確定なものに頼れるか」
ユウはそう言って意見具申を却下したが、諦めないのがマリアだった。彼女は上目遣いでうるうると瞳を潤ませて「おねがぁい」と甘えた声でおねだりした。
「そんな甘えた声で言っても駄目だよ。一時キャンプに戻るんだ」
「……あたしの処女奪ったくせに」
ボソッと言い放たれた言葉にユウは思わず吹き出した。
「それは今関係ないだろう! だいたい、奪ったというより奪わされたが正しい!」
「あ、そーゆー事言うんだぁ。あんなに可愛い顔してあたしのおっぱい吸ってたくせにぃ」
「お、脅しか? 脅しなのか?」
「どう思うぅ?」
マリアの常に眠そうな瞳でじっとりと見つめられたユウが下した決断は、全面降伏だった。
◯
「いいか、その水上拠点に行って装備がないようであれば一時キャンプに行くからな?」
「わかってるってぇ。約束約束」
「ほんとにわかってるのか……?」
ユウはため息混じりにそう言った。
昨晩の情事以降、マリアの機嫌が妙にいい。ユウの知っているマリアは気に食わない事を言えばすぐショットガンを突きつけてくるような女なので、今のように機嫌良く鼻歌を歌いながら歩いている姿など信じられないを通り越してどこか恐ろしかった。いっその事何か企んでいると言ってくれた方が安心出来るほどだ。
「しかし、水上拠点か……」
水上拠点といえば、嫌でも思い出すのが国家解体戦争だ。あの当時国家側のPMCとして戦ったユウが挑んだミッションの一つに、水上拠点作成の護衛任務があった。
詳細は忘れてしまったが、文字通り水上に巨大な構造物を浮かせてその内部で兵装の作成に始まり、食物の育成、果ては兵士が寝泊まり出来るスペースまで作ろうという計画だったように思う。
あの計画は結局、企業側による航空攻撃によって頓挫してしまったが、もし航空攻撃がなく、完成していれば守りやすく攻めやすいを体現した良い計画だったように思う。
周囲を水に囲まれている関係上、攻め手は限られる。企業が行ったように、空からの攻撃か、潜水艦を用いた下からの攻撃くらいしか有効打を与えられないはずだ。空からの攻撃にしたところで、対空設備を作り終えれば対処出来る。
もしフェンリルに拠点を作るのならば水上拠点は有力な選択肢の一つだろう。そんな事を考えていると、マリアが「ねえ」と話しかけてきた。
「ん? どうした?」
「水上拠点ってひょっとしてあれじゃない?」
マリアが指差す方角には黒い点のようなものがあった。肉眼での確認は難しかったので双眼鏡で覗くと、この世界の技術レベルでは作れないような鉄の構造体が見えた。
「どうやらそのようだ」
マリアに双眼鏡を渡しながら言う。彼女は双眼鏡を覗いて感心したような声を出した。
「おお、ほんとにあったねぇ。ん、なんか文字が書いてある……冥、思、想? 掠れててよく読めないなぁ。中国語かな?」
「どうだろう、たぶんそうだと思うけど、中国語は読めないからなんとも言えない」
「とりあえず行ってみよか。ほい双眼鏡」
返ってきた双眼鏡をポーチに入れて再び歩き始める。しかし、肉眼で点だっただけあって、一時間程度歩いたくらいでは辿り着けなかった。それでも尚歩いていると、マリアが空腹を訴えだした。
「お腹空いたぁ。ご飯食べてこなかったのは失敗だったよぉ」
「そうだな。もう二時間以上歩きっぱなしだから俺も腹が減ってきた」
「これだけ森の中だったら普通動物とかいそうなものだけどねぇ」
マリアの発言は明確なフラグだった。せっかくここまで誰とも遭わないで歩いてこれたというのに、万が一魔物に遭遇などしようものなら現状の装備では不安だ。
「やめろ。そういう事を言っていると――」
速攻のフラグ回収だった。それまで二人の野を踏みしめる音しかしていなかったというのに、ガサガサという音が奥から聞こえてきた。
「警戒!」
ユウの言葉を受けて二人はホルスターから9ミリ拳銃を取り出して構える。ユウは念の為左手にナイフも持つ。人型だった場合、CQCで制圧して弾薬を節約する腹積もりだった。
「……勘弁してほしいね、まったく」
木々をかき分け現れたのは小イノシシだった。いや、よく見ると地球のそれとは違う。まず額に一本角があるし、イノシシにしては四肢が妙に長い。特徴だけ挙げると、どちらかというとシカに近い。名付けるならシカシシだろうか。
「9ミリで抜けるかなぁ?」
シカシシの身を覆っている剛毛を見てマリアが言った。ケルベロスが無理だったのだから、恐らくこの魔物も9ミリでは抜けないだろう。そう判断したユウは思考をCQCに切り替える。
「俺が接近戦で仕留める。マリアは援護頼む」
「りょ。たぶんお鼻が弱点かなぁ?」
マリアは牽制で胴体に9ミリ弾を当てたが、やはり剛毛に阻まれて肉を抉る事は出来なかった。しかし、柔らかそうな鼻に当てると肉を抉る事が出来た。
シカシシが痛みに悶える。その隙をユウは見逃さなかった。鼻付近に9ミリ弾を浴びせながら接近すると、動物の弱点である喉元にナイフを突き刺した。
どんな生物でも喉元は構造上守りが手薄だ。しっかりと吸い込まれていった刀身を、グリグリと動かして傷口を広げる。大量に血が流れたが、それでもシカシシは生きていた。
「しぶとい野郎だな……こいつはおまけだ!」
ナイフを抜き放ったユウは、ナイフの一撃によって空いた穴に銃身を突っ込んで3連射した。流石のシカシシも体内で銃を発射されてしまえばどうしようもない。ピクピクと身体を硬直させると、やがて絶命した。
「意外と弱っちかったねぇ。どーするぅ? こいつ食べてみる?」
「食べてみようか。イノシシもシカもどっちも食えるんだから、こいつもたぶん食べられるだろう。俺が解体しておくからマリアは薪を集めてきてくれ」
「はいなー。朝食はジビエだぁー」
先程つけた喉元の傷口からナイフを滑り込ませて肉と皮を分けていく。そうして腹側の皮を取り終えたら、今度は肛門から背中側の皮を取っていく。
皮を取り終えたら、零れ落ちた内臓を除いていく。本当は内臓が一番栄養価が高いのだが、万が一毒などを含んでいたら大変なので、もったいないが全て捨てる事にする。
「ん? なんだこれ?」
心臓付近の内臓を取っていたら宝石のようなものが見えた。黄水晶のような見た目のそれは、周囲の肉と血管で繋がっていた。
魔物特有の器官か何かかと思い、その辺に放り捨てようとしたところ、ユウの周囲を飛び交っていた妖精達が大慌てで何かを伝えてきた。
「なになに? これは魔石といって自分達の主食だって?」
食べるのなら渡すと伝えたが、今は食べないらしい。なんでも、これが必要になる時が来るから取っておけとの事だった。
なんだかよくわからなかったが、あまりにも妖精達が必死に捨てるのを止めてくるので、ユウはその魔石をポーチに仕舞っておく事にした。サイズ的には拳半分ほどなのでかさばる事もないし問題はない。
「薪集めてきたよん」
解体が終わると同時にマリアが戻ってきた。メタルマッチを使って火を起こす。そして先の尖った枝に切り分けた肉を刺して焼く。
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