第13話 瘴気の少女 6


「……いたわ」


 アマヒルダが小声でそう呟いたのは、暗闇を夜空の星たちが照らす夜中のことだった。


 仮に私の推察が合っていたとして、そもそもなぜ街の周辺に転移させるのか。どうやってその少女を転移させているのか。いや、それよりも前に、なぜニアプールがここにいるのか。など、様々な疑問は尽きない。

 それでも事件を100%解明してから事件を解決するなんて到底不可能なので、私たちはこの考えを基にその少女を捜索し、遠くから見守るという策を取ることにしたのだ。


「……たしかに、何かに取り憑かれてるっていうべきなのかしら」


 アマヒルダの視線の先を確認した私は、返事代わりにそう言った。

 その少女の周囲には瘴気が纏っており、その目は虚ろだ。しかし何をするでもなく突っ立っており、それはまるで何かを待っているようでもあった。


「さて、どうなるのかしらね」


 何やら楽しそうな声音を出すアマヒルダ。すると、私たちの背後からその問いに対する返事が返ってきた。


「どうなるのか、だと?」

「……⁉」


 突然聞こえてきたその声に、同時に背後を振り向く私たち。

 まるで悪戯がバレた子供のように恐る恐るその人影を見上げると、そこには頭から二本の大きな角を、腰からは鞭のようにしなる尻尾を生やした女が、その真っ赤な瞳で私たちを見降ろしていた。


「……アンタは……」


 アマヒルダがやっとの思いで捻り出したような声を漏らす。

 その女はアマヒルダを見て苛立った顔を浮かべると、その口の中に忍ばせていた鋭い牙を露わにした。


「餌風情がこの我をアンタ呼ばわりとは、何様のつもりか……」

「……餌?」


 思わぬ言葉に眉を顰めると、その女が今度は私の方を見て不快そうに顔を歪めた。


「人間など我らの食い物であろう。幾らでも食べてよいというから協力を申し出たというのに、魔王様は……」


 後半は独り言のように呟いたその女。しかしその言葉を途中でやめて首を振ると、大きくバックステップを取って宙に浮かび、両手で急を作るような仕草を取った。


「ふっ……しかし、バレてしまっては仕方あるまい」


 バレてというが、声をかけたのはそちらからじゃ……なんて疑問が頭に浮かんだが、それを口に出せるような状況でもない。私は突然の状況についていくために、必死で頭を回転させた。


(見たこともない容姿に、魔王に協力って発言……それに、おそらくはこの少女の犯人でもあるはず。少なくとも私たちの敵であることは確実……だけど……)


 私がそこまで思考を巡らせたとき、その女の手の中に禍々と黒色に光る不気味な球体が現れた。それが何かなど私には到底わからなかったが、一つだけわかることがある。この球体は……いや、この魔法は、魔王の使う魔法と同じだ。私の心を揺さぶり、苛立ちを覚えさせるもの。アマヒルダの使う魔法とはどこかが違う、あの魔法だ。


「我が糧となること、誇りに思うがよい」


 その魔法を前に動けない私たちを見て、その女は勝ち誇るようでもなく、さも当然のことを言うような口ぶりでそう言った。

 いや、違う。動けなかったのは、私だけだ。茫然とする私の隣には先程まで居たアマヒルダの姿はなく、アマヒルダは私を庇うようにしてその小さな体で私の前に立ちふさがっていた。


「……ヒルダ……」


 わずか数センチ先のアマヒルダにも届かないような声を漏らす。今の私にできたのはそれだけで、到底勇者などとは言えるはずもない姿だった。


「……この感じ。やっぱり……」


 そんな私に目も向けず、ポツリとアマヒルダが呟いた刹那。宙に浮かぶ悪魔のようなその女が、手中にある漆黒の球から全てを飲み込むような紫色の光線を発射させた。

 そして、その光線がアマヒルダの頭を貫こうとした瞬間。今度はアマヒルダが手に持つ大杖を少しだけ傾けると、その光線がアマヒルダの目の前で稲妻のように砕け散った。


「……なに?」


 アマヒルダに魔法が打ち砕かれたその女は、心底驚いたように目を見開いた。そしてゆっくりと地面へと降り立つと、アマヒルダの瞳を鋭い眼光で覗き込んだ。


「……まさか、お前は……いや……」


 その女はそう呟いてふっとアマヒルダから視線を外すと、今度は私の方にその視線を向けた。


「……つまり、お前が魔王様の言っていた……」


 私の瞳を覗き込みながら意味深なことを言うと、その女は頭を項垂れて肩を小刻みに震わせた。


「ふっ……まさか。まさかこんなことで相まみえるとは、面白い。だが……これ以上は魔王様にも何と言われるかわからないのでな。再び餌を前に引かねばならぬとは不服だが……」


 そこで言い淀むと、その女は目にも止まらぬ勢いで私の目の前まで近づき、私の顎をグッと持ち上げた。


「……全てを成した後、お前は必ず私が殺してやろう」

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