第11話 瘴気の少女 4


「そういえば、今日もまた出たらしいですよ」


 そんな話をしてきたのは、門番を務める警備兵の男だった。

 私たちが外から帰り、門番に身元の確認を取らせている最中に、世間話のようにその話をしてきたのだ。

 何が?とは聞くまでもないだろう。その話の主題は謎の少女であり、今日私たちがこんな遅くまで探していた人でもある。


「何か進展はあったのですか?」


 と私が聞くと、その男は首を振りながら答えた。


「いえ、何も。その襲われた人も声を掛けてみたらしいんですが、返答はなかったそうで。まるで何かに取り憑かれていたみたいだったとか」

「取り憑かれる、ね」


 その男の言葉を噛みしめるように復唱すると、アマヒルダがそれに反応した。


「メリア、思い当たる節でもあるの?」

「んー、別に……」


 あると言えばあるのだが、それは誰にでも思い当たることだ。

 つまり、魔物。誰かに取り憑く魔物なんて聞いたこともないが、魔王が現れた以上そんな魔物が出てきていてもおかしくはないだろう。

 とはいえ、それにしても色々疑問はある。仮にその少女が取り憑かれているにしても、その少女はいったい誰なのかということ。そして、その少女に取り憑いている魔物の目的は何なのかということも疑問だ。


「なによ、煮え切らないわね」


 アマヒルダはそう言いながらも、さほど気にしている様子ではなかった。

 ここで私の推論とも言えない考えを披露しても、「そうね」という程度の返事しか返ってこない───というより返せないことは明らかなので、私としてもこれ以上何かを言うつもりはない。結局、謎の少女の話がそれ以上進展することはなかった。



 そして翌日。

 むやみに街の周辺をうろついても意味がないと学んだ私たちは、昼間の時間を使って作戦会議としゃれこんでいた。


「ん、これ美味しいじゃない」


 作戦会議と称してやってきたレストランで、アマヒルダが大ぶりなステーキを咀嚼しながら満足そうな笑みを浮かべる。実は昨日の依頼の報酬が思ったよりもよく、アマヒルダの提案で評判のレストランへとやってきていたのだ。


「コースシーのお肉って意外と美味しいのね」

「意外なの?」

「細長くて気持ち悪いじゃない」

「細長……ああ、いつもヒルダが消し炭にしているやつのことね」


 冒険者になって日が浅く、また冒険者になる気すらなかった私には魔物に関する知識がほとんどない。コースシーというのも聞いたことのない名前だったが、細長くて気持ち悪い魔物というのには心当たりがあった。

 それは、このアーカラ周辺でよく見かける八足歩行で毛むくじゃらの魔物だ。サイズも人並みほどで、十匹ほどの群れで生息するためかなり嫌悪感を催す魔物と言える。特にヒルダはかなり嫌っているようで、見かけるたびに炎弾を降り注ぐ魔法で消し炭にしていた。


「っていうか、なんでコースシーのステーキ頼んだのよ。嫌いなんでしょう?」

「好奇心よ、好奇心」


 それ以外に何があるの?とでも言いたげな目をするアマヒルダ。私はそんな彼女からの視線を受けながら、普通の牛のステーキを口に運んだ。

 その刹那、私の脳裏に一つの光景が蘇った。それはいつだったか、私が牛のステーキを食べられるほどの立場だった時。まだサルーナ王国のルージュ伯爵家の娘だった時のものだ。

 自室から出るのも大変だった当時の私は、家族とは別に自分の体調に合わせた生活を送っていた。その中で、食事を取るときはいつもコリーナという私の専属メイドに料理を運ばせ、自室で作業のようにただ黙々と口に運んでいた記憶がある。そんな私に食事を楽しんでもらいたいとコリーナが考案したのが、食材の話をすることだった。

 やれこの肉は何の肉やら、この野菜はどこそこでこういう人たちが作っているだとか、この魚は今が旬だから味がどうこうとか。その話は外の世界を知らない私には新鮮で興味深い者であり、次々とその話を要求する私にコリーナはどんどんその知識を披露していった。それはほどなくしてもはや食材とはほとんど関係のない話にまで発展していったのだが、その中の話にこんなものがあった。


 それはコリーナが牛のステーキにまつわる話をしていた時で、サルーナ王国の牛飼いたちが日々悩まされていた問題の話だ。

 農産物を作る上での被害は色々あるが、その中でも牧場で多発する被害があった。それは家畜が魔物に襲われてしまうという被害なのだが、一見単純そうに見えるこの話も意外と奥が深い。そもそも一括りに魔物と言ってもその生態は様々で、やつらもいろいろな方面からアプローチをかけてくるのだ。

 その中の一つに、家畜に擬態する魔物というのがあった。ニアプールと呼ばれている魔物なのだが、そいつらは家畜に擬態する上その家畜を喰らってしまうので、気が付くと家畜の数が減っているという事態になってしまうのだ。そして、例えその数が減っているとわかっても、ニアプールが擬態している家畜がどれなのか判別がつかないという厄介な問題で、牛飼いたちもニアプールに日々悩まされていたという話だった。


 ただ、これは『悩まされていた』という話であり、今もなお続いている問題ではない。その問題を解決したのはとある根気強い牛飼いで、彼はニアプールが出現した際に、牧場に細かい仕切りの柵を急遽設置して、一匹一匹を隔離したのだ。それはシンプルだがそれ故に非常に労力を要する解決策で、昔から言われてはいたものの試した者はいなかった策だ。なぜなら魔物による被害はニアプールのものだけではなく、その全ての被害をゼロに抑えるなど到底不可能なことなので、ニアプールのためだけにそこまで血眼になって抵抗する意味がほとんどないからだ。

 だが、彼はこれによって意外な功績を生んだ。それは、一匹一匹隔離してもニアプールによる被害───つまり突然家畜が消えるという被害───は出たという結果で、これはニアプールなどという魔物は存在しなかったということを指し示していた。正確に言えば、『家畜に擬態する魔物』なんてものはおらず、今までそうだと恐れていたものはまったく別の魔物だったのだ。


 この話は家畜が突然消えるという話だが、消えるという点だけでは今回の事件と一致している。謎の少女は消えるだけでなく突然現れるわけだし、家畜ではなくて人だ。違う点も多いが、何かこの事件を解決する糸口になるかもしれない。そう思った私は、急いでステーキを口の中にかき込んで、アマヒルダにこの話を伝えたのだった。


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