第10話 瘴気の少女 3


 その事件を解決するためにまず私たちが行ったのは、現地調査だった。

 その少女に遭遇したという人を探して聞き込みを行ってもよかったのだが、何も危険がなくて出る時間と場所もわかっているのならわざわざそんな回りくどいことをする必要もない。まずアーカラの冒険者ギルドで再集計の簡単な依頼を受け、街の外に出る口実を作る。あのねちっこい喋り方をする警備兵に見送られながら街の外に出た私たちは、気ままに採集を進めながら陽が沈むのを待った。

 そして徐々に辺りが暗くなってきた頃、採集を切り上げてその少女を探しに……


「って、ヒルダ、どんだけ採集してるのよ」


 アマヒルダの背負う網かごにパンパンに押し込まれた草花を見て、私がそんなツッコミを入れる。アマヒルダは私の言葉にキョトンと目を見開くと、何の問題があるのかと言いたげに首を傾げた。


「そういう依頼だったじゃない」

「そうだけど……これからがあの少女を探すのが本題よね?その荷物、邪魔じゃないの?」

「少女を探すだけでしょ?それほどでもないわよ」

「……そう……」


 私としては随所随所で必要最低限の力しか使わないというのが体に染みついているのだが、何にでも全力投球をするアマヒルダはそうではないらしい。気になるとはいえ平行線の主張をぶつけ合っても仕方がないので、私は微妙な気持ちのまま口を閉じた。


 今にも零れ落ちそうなアマヒルダの荷物をチラチラと見ながら、しばらく街の周囲を散策する。しかしどれだけ探し回ってもその少女とやらは現れず、元より貧弱な私はおろか大きな荷物を抱えるアマヒルダも相当に体力も消耗しているようだった。


「話が違うじゃない……」


 その疲れの表れか、アマヒルダの口調にも普段の勢いはない。

 私もすでに倒れそうなほど息が荒くなってきていたので、大げさにため息を吐きながらストンとその場に座り込んだ。


「休憩しましょう。もう限界だわ」

「なによ、まだ……」


 アマヒルダはそこで言葉を止めると、荷物を降ろして私の隣で仰向けに寝転んだ。


「……メリア、その体質何とかならないわけ?」

「何とかなるなら何とかしてるわよ」

「そうよねー」


 アマヒルダの文句を聞き流しながら、私は頭上に広がる夜空を見上げた。

 魔王がライランに現れてから、おおよそ一月ほどの時間が経った。魔王は王都スタークに現れてからその姿を眩ませており、次はどこに出没するかもわからない。そんな状況でも、多くの人々は普通に生活を続けていた。

 それはあの惨劇を目の当たりにしていないからともいえるが、もっと大きな理由があった。その理由とは、勇者の存在だ。誰もが知っている魔王の伝説。そこに出てくる勇者。つまり、ライランの生き残り。

 その勇者は王都から逃げ延びた彼と国王が大々的にその存在を公表し、その事実は風に乗って遥か遠方まで届いて行った。現に私たちがこれまで訪れた街でも勇者の存在は認知されていたし、おそらくは国王が使者を出して伝えているのだろう。なんでも少数精鋭の部隊を編成し、魔王の根城を探す旅をしているらしい。そんな運命を突然背負わされた彼に同情しないでもなかったが、王都でのことを思い出すとそんな気持ちも薄れていった。

 ちなみに、国王やその側近は王都スタークから南方にあるヘムヘルという街に滞在しているらしい。王都スタークを復興するまでの拠点とするらしいが、今の王都は魔物が住み着いていて復興の目途は立っていない。その住み着いている魔物というのもそこらにいる魔物とは比べ物にならないほど強く、統率まで取れているのだとか。


「……はあ」


 夜空に輝く星を眺めながら、私は半ば無意識にため息をついた。

 今の私を例えるならば、このアーカラ周辺からでは目視できないほどの、小さな小さな光を放つ星だろう。私と共にライランから生き延びた彼は、名実の名だけでも民衆の希望となっている。それは国王が選択したことでもあるのだが、貴族としての矜持も持ち合わせている私には、どうしても情けないことのように思えてしまった。

 どういう事態なのかはわからずとも、二人で生き残った私と彼は勇者の運命を背負わされた運命共同体ともいえる。その片割れである私が、誰にも認知されていないような、小一時間歩くだけでへばるか弱い女だとは、なんということか。だが、勇者は私ではなく彼なのだと思うには、あの時の光景が頭から離れない。結局私は、どんなに小さな光だったとしてもその輝きを止めるわけにはいかないのだ。いつか大きな光になることを夢見てではなく、五日大きな光になる可能性が失われることを恐れて。


「そろそろ帰る?」


 ポツリと、アマヒルダがそう呟いた。

 きっと彼女なりの気づかいなのだろう。これまでの旅路で、彼女は散々私のか弱さを目の当たりにしている。今日はかなり体を動かしたし、その提案をされなくてももう動けないほど私の身体は悲鳴を上げていた。


「……そうね。運んでもらおうかしら」

「なっ……そこまではしないわよ!」


 慌てるアマヒルダを見て、クスッと笑みをこぼす。

 先程までそんなことを考えていたせいか、私の隣にいる小さな彼女が、とても心強く思えたのだった。


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