第7話 救済の力 7
「案外何とかなるものね」
なんてセリフをこの状況で吐けるのは、きっと彼女くらいだろう。
私の目前には王都スタークが燃え上がっている光景が広がっており、周囲にはちらほらと王都スタークから逃げ延びてきた人たちがいる。
魔王の出現から警戒心が高まっていたためか、ライランのように誰一人逃げられることなく壊滅などという結果にはならずに済んだようだ。それでも、王都スタークから北側に位置するこの小さな丘には、二十人にも満たない数の人しか逃れてきていなかったが。
「この様子じゃ百人も逃げきれてないわね。それもほとんどが冒険者でしょうから、一般の人は何人逃げて来れたのかしら」
周囲を見渡しながら、先程からやたらと呑気なアマヒルダがそうボヤいた。
私にはわからないが、おそらくこの周囲にいる人たちもアマヒルダにとっては見覚えのある人が多いのだろう。普段から命のやり取りをしている冒険者とそうではない人とでは、当然あの状況で逃げられる確率は段違いだ。その中でも気がかりなのは王やその側近。そして私と共に生き残ったライランの彼だが、きっと心配するだけ無駄だろう。まだ魔王の存在が伝わりきっていないであろう遠方ならまだしも、ことこの国の王が脱出の手口を整えていないはずがない。
「それで、これからどうするのよ?」
燃え盛る風景を茫然と眺めていた私に、アマヒルダが唐突にそんな言葉を投げかけてきた。
それを知りたいのは私の方だと言ってやりたいところだが、そんなことよりも先に聞いておかなければならないことがある。
「どうするって、一緒に行動するつもり?」
たしかに私とアマヒルダは仮にでもチームを組んだ。いや、組まされたというべきだろうか。とにかくチームとなったわけだが、もはやこんな状況ではその話は何の意味もない話だろう。
なぜならもう王都スタークの冒険者ギルドは存在していないわけだし、私の実力やら素性やらがどうこうという話もなくなっている。それならアマヒルダが私と一緒にいる理由もなければ、私がアマヒルダと一緒にいる理由もないのだ。
そんな気持ちを込めた私の視線を受けたアマヒルダは、あっけらかんとした糖度を取った。
「なによ、嫌なわけ?」
「そういう話じゃないのだけど……」
「そういう話よ。まあ、嫌と言われてもついて行くけど」
じゃあ聞かないでよ。と反射的に言いそうになったのを抑え込んでいると、アマヒルダが再び勝手なことを言い始めた。
「あたしとしてはアンタのあの謎の力を調べたいわね」
「……それは」
謎の力。もしかしなくても、あの雷を防いだ時のことを指しているのだろう。
その力に思い当たらない節がないわけでもないが、それを口にできるほど私の心は整理できていなかった。
「アンタは何もしてないって言ってたわよね。でも、あれは確実に何かが起きてたわ。普通に考えたら何かの魔法だけど……あんな魔法あたしは知らないもの。護身道具としてあたしも知らないような高度な魔法が込められた何かとか……ねえ、アンタそういうのは身に覚えないの?」
勝手な憶測を始めたアマヒルダに、私は困った顔を浮かべることしかできなかった。
当然アマヒルダの言っているようなものは身に覚えのない話だし、むしろもっと不可思議なものに身に覚えがある。
そんな私の表情を読み取ったのか、アマヒルダは何かを閃くような素振りを見せた。
「……ああ、そういやアンタ国の極秘任務がとかいう話だったわね。何かあたしには言えない事情が……」
そこまでボヤいたアマヒルダは、少し間を開けて私の方にちらりと視線を向けた。
「……このタイミングでって……まさか…………いやいや、でも……いや、でもやっぱり……あれは魔王の攻撃を防いだってことよね……」
アマヒルダがぼそぼそとそんな声を漏らす。
もはや彼女は真実にたどり着いている口ぶりだったが、私がそれを認めない限りはそれが真実になることはない。認めてしまってもよかったが、それには私の気持ちの整理も付いていなければ、もう一人の彼と王の動向も気にしなければならないことでもあるのだ。
「アンタ、まさかライランから来たなんて言わないわよね?」
しかし、アマヒルダはそんな私に気遣うこともなくすらりとその問いを私に投げつけてきた。
私はその問いに、一瞬だが目を泳がせてしまった。いいえと答えれば終わる話だったが、私のプライドがそれを許さなかったのだ。嘘をつくのは、性に合わない。そんな捨て置くべきプライドが、アマヒルダに真実を伝えてしまった。
「……ふーん。なるほどね……」
おもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべるアマヒルダ。
私はなぜこの少女はそんなにも察しが良いのかというどうしようもない嘆きを心中で呟くと、もはや弁明は諦めて何かに対する言い訳のような言葉を並べた。
「でも、まだ決まったわけじゃないの」
「決まってない?」
「ええ。あの街の生き残りは二人いて……私はそれから外されたというか…………まあ、そんな感じかしら」
「……なにそれ」
アマヒルダが呆れたように呟く。
それはきっと私が逆の立場でも同じ反応しただろうし、それくらいには私の言葉は説明不足だった。
「でも、あの力は明らかに勇者のものじゃないの?」
「いや……そうね。でも、違うかもしれないから……」
そんな言葉をごもごもと羅列する。そこには間違いなく、そうであって欲しくないという私の心情が込められていた。
どうせまたその様子をアマヒルダに呆れられるのだろうと思って身構えていると、アマヒルダから発せられた言葉は私のそんな予想を裏切るものだった。
「……それも一理あるわね。あたしも勇者の力なんてもの知らないし。半月前までは信じてもなかったけど」
「……ええ」
研究者気質とでもいうのだろうか。100%の確証があるまで納得しないという旨の私の言葉に理解を示したアマヒルダは、それまで私が築き上げていたアマヒルダ像から大きく逸脱していて、私は呆けた返事をすることしかできなかった。
そして、その気質を確証付けるようにアマヒルダが言葉を紡ぐ。
「だったら、それを確かめに行かないといけないわね」
「確かめにって……どこへ?」
「ファズム公国よ。そこに何でも知ってるおじいちゃんがいるから」
「……ファズムの賢者ね」
締りの悪いアマヒルダの言い回しを訂正したのは、半ば無意識のことだった。
しかし、たしかにファズムの賢者ならば何かを知っているかもしれない。というのは私がファズムの賢者のことを何も知らないから出てくる希望的観測であったが、突然広大な大地に投げ捨てられたような状況の今では、ファズムの賢者と会いに行くというのは一つの道しるべとして相応しいものだ。
「それじゃ、ファズム公国目指して冒険ね!」
なんて楽しそうに言うアマヒルダと共に、私の旅路が始まったのだった。
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