第6話 救済の力 6


 運命なんて言葉は、何も考えていない愚か者の言葉だ。

 いつしか耳にしたそんなセリフが、私の頭の中をこだましていた。

 もしそのセリフが正しいというのなら、私は何も考えていない愚か者でも構わない。だって、これが運命と言わずして何と言えばいいのか、私にはさっぱりわからないからだ。





「逃げろ!逃げろォ!」


 そんな言葉が街中に響き渡る。

 つい昨日までどこか緊張感を漂わせながらも平和に過ぎ去っていた時間は、もはやここにはなかった。

 空を覆う暗雲と、焼けつくような空気の熱さ。あちこちに響き渡る怒号。悲鳴。嗚咽。


 ───またか。


 そう思っているのは、おそらく私の他にはただ一人だけだろう。

 どうしてこうも。こうも巡り合うのか。


「……魔王」


 私は安宿の外で、茫然と上空に佇むそれを眺めていた。

 ライランの襲撃から、魔王はその姿をどこかへと眩ませていた。それがどうして、この王都スタークへと姿を現したのか。滅ぼすなら、もっと他に手ごろな村もあるではないか。そんなことを言っても意味がないのは分かっていたが、それでもその疑問は私の頭の中に渦巻き続けていた。

 ただ、それを唯一説明できる言葉がある。それは、運命だ。私か、もう一人のあの男。言い伝えによるところの、勇者。魔王と勇者が惹かれあう運命だというのなら、魔王が今王都スタークを襲っていることにも納得がいくだろう。


「……あ、アンタ……」


 私が魔王を眺めながらそんなことを考えていると、阿鼻叫喚な中では違和感を覚えるほど間の抜けた声が私へと届けられてきた。


「……アマヒルダ」

「うん。アンタは何て名前だっけ?」

「メリアよ」

「ふーん。メリアね」


 こんな状況で、何を立ち止まって呑気に自己紹介をしているのか。

 そんな疑問は空から降ってきた炎弾の爆音によってかき消され、それと同時に漆黒に光る魔弾が私たちへと向かって降り注いできた。


「……ふんっ!」


 私がそれを茫然と眺める中、小柄なアマヒルダが手に持つその身長よりも大きな杖を振りかざす。すると私たちの上空に大きな魔法陣が描かれ、その魔法陣は漆黒の魔弾を受け止めると共に鮮やかな虹色の光を放ちながら空中に霧散していった。


「アンタこんなところで何してんのよ?」


 その光景がさも当然だと言わんばかりに気にもしていない様子のアマヒルダが、すぐにそう口を開いた。私としてはその鮮やかで幻想的な光景に見惚れてしまっていたかったのだが、このせっかちさんを前にそんな情緒は許されないらしい。


「別に……魔王を見てただけよ」

「ふーん?」


 私の言葉に連れられるように空を見上げたアマヒルダは、どこかつまらなそうな表情を浮かべていた。


「……あんなの見てないで、さっさと逃げないと死んじゃうわよ?」

「逃げれるの?」

「……」


 私のその問いに、アマヒルダは口を開かない。

 少しの沈黙が私たちの間に流れた直後、アマヒルダが突然大杖で私の腹部をぶん殴ってきた。


「いっ……」

「アンタ馬鹿じゃないの?逃げられるかどうかじゃなくて、逃げるかどうかでしょ」


 それはご尤もだ。この街を抜け出せるほどの体力をお持ちの人ならね。と、私は心の中で悪態をつく。すると、それと同時に耳が張り裂けるほどの轟音が轟き、私たちのすぐ隣の地面を天から降り注いできた雷が焼き焦がした。


「「……」」


 その光景に、私たちは絶句して天を見上げていた。

 それはなぜか。

 もし少しでもズレていたら私たちが焼き焦がされていたから?

 いや、違う。

 天から降り注いできた雷は、もしもズレていなかったら私たちを焼き焦がしていたからだ。


 降り注ぐ雷は、ほんの数秒だがその軌跡を残す。雷が通った道は青白い雷光を放ち、その存在感をあらわにするのだ。そして今回、その光の残留は、私たちの頭上で鮮やかなまでに直角に軌道をずらしていた。まるで、私たちを避けるように。


「……アンタ、何かしたわけ?」


 その残留に見惚れていたアマヒルダがか細くそんな声を漏らした。

 私が無言で首を振ると、アマヒルダはなぜだか瞳を輝かせてこう言った。


「面白いじゃない」


 アマヒルダから向けられるその視線と先程の雷光が目に焼き付いて離れなかった私は、張り裂けそうなほどの鼓動を打ち鳴らしながらその場にへたり込んだ。

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