第4話 救済の力 4


 個室にしては少し広めで、奥には大量の書類が積み重なっている机があり、その手前には来客用の大きなソファが三つほど並べられた部屋。私が案内されたのは、そんなギルドの最奥に位置するギルドマスターの部屋であった。


「君が件の……ふむ」


 私を一目見てそんなことを呟いたのは、そのギルドマスターの部屋の一番立派な椅子に座る男───つまりはギルドマスターその人であった。

 その部屋にいたのはギルドマスターだけではなく、他に二人いた。一人はギルドマスターの近くに佇む秘書のような女で、もう一人は私の対面に位置するソファに座る黒い装束を纏った女だ。黒装束の女は私が部屋に入ってからというものじっと私の方を眺め続けており、どうにも居心地が悪かった。


「さて、話は国王様から聞いてるよ。なんでも極秘の任務をしているのだとか」


 しばらくしてようやくギルドマスターの口が開かれたと思ったら、そんな聞いたこともない話が飛び出してきた。

 その話を前に私が固まっていると、その沈黙を肯定と捉えたのか、ギルドマスターが言葉を続けた。


「本来なら冒険者カードは本人じゃないと発行できないんだけどね。まあ国王様の頼みとなれば仕方ない」

「……はい」


 私には何のことやらさっぱりわからないのだが、とりあえず話を合わせておいた。国からすると、私に冒険者カードを作らせると何かの不都合でもあるのだろうか。そもそも冒険者カードの作り方を知らない私にはわかるはずもない疑問なので、当然その答えが出ることはないのだが。

 そしてそんなことを考えている私を他所に、ギルドマスターが言葉を続けた。


「とはいえ、こちらとしても一冒険者として活動するならば色々と知っておかなければならないこともある。実力がなければ依頼は任せられないし、素性を知らなければチームを組ませることも憚られる。かといって依頼を任せないわけにもいかないし、チームを組ませないわけにもいかないからね」


 ただでさえ最近は魔物が活発化してきているからね、なんて言葉を付け加えるギルドマスター。私にはその言葉の半分以上も理解できなかったが、ひとまずここはわかったような顔をしておくことにした。


「そこで、だ。君にはしばらくこちらのアマヒルダ君と一緒に活動してもらいたい」


 そういってギルドマスターに指し示されたのは、私の対面に座る、黒装束の女だった。


「君の事情には踏み込むなと言われているけどね、実力や人柄は抑えておかなければこちらとしても信用できない。こう見えても彼女はうちのエースだから、足手まといになることはないだろう」

「ちょっと、こう見えてもって何よ」


 アマヒルダと呼ばれた黒装束の女が、ギルドマスターの言葉に噛みつく。ぎゃーぎゃーとアマヒルダが喚く一方で、私は内心で頭を抱えていた。

 その理由は、いつの間にか私への評価が高くなっていることだ。王としてはおそらく事情を踏み込まれないためにいろいろ秘匿して私のことを押し付けたのだろうが、どうやらこのギルドマスターはそれをよくない方向に受け取ってしまったらしい。極秘の任務なんて言われれば、相当な実力者が送られてきていると思うのも当然のことかもしれないが。

 とにかく、そんな冒険者ギルドのエースと一緒に行動できるほど、私は強くない。むしろこの冒険者ギルドの中で最下位であると確信できるほどだ。もちろん、カウンターで受付をしていたあの役員たちも含めて。

 ……いや、この際私のか弱さは置いておくしかない。本当の問題は……


「……わかりました。それで、私はそちらのアマヒルダさんと何をすればよいのでしょうか?」


 アマヒルダの抗議に面倒くさそうな顔を浮かべていたギルドマスターは、私の問いを聞くとアマヒルダを制止するように手を掲げてから、コホンと一つ咳払いをして私の方に向き直った。


「それについてはそちらにお任せしようかな。一応アマヒルダ一人でも難のなさそうな依頼に絞って受けてもらうことになるけどね」


 その答えを聞いて、私はほっと内心で安堵した。

 もし私の実力を見誤って無理難題でも突きつけられようものなら、私は今ここで私の非力さをアピールしないといけないところだったのだ。それでは国のメンツにも関わるし、何より私が屈辱を味わうことになる。それが回避できただけでも、今は安堵ものだ。


「ふん……もういいわ。早く行きましょう」


 その一方で、一人で勝手にヒートアップしていたアマヒルダは、私にそれを遮られたことで少し落ち着いたのか、そんなことを言いながら私の手を引いてそそくさとギルドマスターの部屋を出ていくのだった。


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