第3話 救済の力 3


「それでは、ご武運を」


 なんて上っ面な言葉で見送られた私は、王都スタークの安宿へとやってきていた。


「……はあ」


 ボロボロながらも丁寧に手入れされたベッドに腰を掛けながら、深くため息をつく。私の手には国から支給された私の冒険者カードが握られており、私はそれを眺めながら憂鬱な気分に浸っていた。

 私がライランで学生をしていたのは、ひとえに冒険者にはなりたくなかったからだ。国を追い出された私に残された道なんてものは決して多くはなく、普通に考えれば路頭で物乞いでもするか、命を張って冒険者となり一獲千金を狙うかといったものだった。

 それでも、私は元はと言えば貴族の娘だったわけだ。両親も私への仕打ちに心が痛んだのか、それなりのブツは握らせてくれた。だから私は、将来真っ当に仕事を得るためにその金を全て自分の頭に投資したのだ。……そんな経歴も、今では魔王とやらに全てぶち壊されてしまったわけだが。

 とはいえ己の運命をいつまで嘆いていても仕方がない。今考えるべきは、これからどうするのかという話だが……


「……いやいや、冒険者はないでしょ……」


 そんな呟きが私の口から漏れる。しかし私の貧弱さを考えたらそれは当然のことで、冒険者なんてできる力があるなら最初から冒険者になっていればよく、ライランで学生生活なんて送る必要はなかったのだ。それをしていない以上、私には冒険者になる力などないということだ。

 ただ一つだけ希望があるとするなら、言い伝えによるところの勇者というものだ。あの程度の言い伝えではそもそも勇者とは何ぞやという疑問から始まるが、それを全て希望的観測で測れば何か特別な力が私に宿ったと考えてもいい。


 そこまで考えて、私は再びため息をこぼした。

 そんな可能性はほとんどゼロだ。魔王などという不可解な現象が現に起こっている以上ゼロだと言い切ることはできないが、普通に考えれば急に力に目覚めるなどありえない。ありえないが……私にはその可能性に賭ける道しか残されていないのだ。手持ちもこんな安宿に泊まるしかないほどのものだし、今金を稼ぐ方法はこの冒険者カードに頼るほかないのだから。

 私は改めてその事実を心に刻み込むと、自分の中のマイナス思考を振り払うように勢いよく立ち上がった。やるしかない。王都に道隅で野垂れ死なないためには、やるしかないのだ。いつから自分にこんな雑草魂が宿ったのかはわからないが、そこらへんでくたばるような人生だけは送ってはいけないという確固たる意志が私の中には存在していた。


「…………やるしかない」


 自分に言い聞かせるように発されたその言葉は、弱弱しい音色を響かせたのだった。





 頭が痛い。吐き気がする。帰りたい。

 そんな感情を抱いたのは、冒険者ギルドに入ってすぐのことだった。

 冒険者というのは人間の街の外に蔓延る魔物たちを相手にする仕事を生業としている人たちの総称で、よく言えば豪傑、悪く言えば乱暴なものが多い環境であった。

 そんな冒険者が集まる冒険者ギルドでは建物の近くまで来ただけで怒号が聞こえてくるような場所で、実際に中に入ってみると妙な熱気が籠っており、大荒れの酒場のような光景が広がっていた。

 私がいるのは、まさに場違い。品の欠片もない状況に茫然と立ち止まっていると、不意に背後から声をかけられた。


「ねーちゃん、そこで突っ立ってると邪魔になるぜ」


 ドスの効いたその声の主は私の身長ほどのサイズもある大斧を背負った筋骨隆々の男だったが、その風貌とは裏腹にどこかさわやかさを感じる妙な男だった。


「……ごめんなさい。少し驚いてしまって」

「気ぃつけな」


 私の謝罪を聞き入れたその男は、私が避けた場所を堂々とした立ち振る舞いで歩き過ぎていこうとした。


「ちょっと待って。少しいいかしら?」


 その男が私の横を過ぎ去って少し先にまで進んだ時。私は少しばかりの勇気を振り絞って、その男を呼び止めた。


「……何か用か?」

「少しだけ聞きたいことがあって。ここって、いつもこんな感じなのかしら?」


 私がそう問うと、その男は私を足の先から頭のてっぺんまで見定めるように眺めてから、口を開いた。


「……最近はな」

「最近って言うと、魔王のことね?」

「ああ。その影響かは知らんがここ最近は魔物が一段と強くなってやがる。ねーちゃんもせいぜい気ぃつけるんだな」

「ありがとう」


 私の感謝の言葉を聞き届けると、その男は再びギルドの中へと歩き去っていった。その背中を見届けていると、どうやら奥にある何かのカウンターのようなところで役員の人と何か話しを始めたようだった。

 その姿を見て、私も同じようにそのカウンターへと歩き始めた。どうして私がこんな……なんて心の中で呟きながら。

 やがてカウンターまで辿り着くと、私はなんとなくあの男とは一番かけ離れた端のカウンターへと歩み寄っていった。そしてそこまでたどり着くと、そこで待ち構えていた女の役員が私の顔を見て訝し気な表情を浮かべた。


「……何か御用でしょうか?」

「仕事を貰いたいのだけれど」

「……申し訳ございません。私たちは正式な冒険者の方にしか依頼を紹介していないのです」


 正式な冒険者。それが何かを暗示しているのかとも思ったが、私はその考えを振り払って冒険者カードを取り出した。


「……これは」


 その役員がそのカードを確認しながらそう声を漏らすと、再び私の顔を覗き込んできた。

 そしてしばらく見つめ合うと、その女は


「少々お待ちください」


 とだけ言い残して奥の方へと引っ込んでしまった。

 何が何やらの私は、少しの注目と共に一人その場所に取り残されたのだった。


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