第2話 救済の力 2


 旅の疲れというのは、どうやら相当なモノらしい。

 魔王の襲撃を目の前にし、到底想像もしたことのなかった悲劇を目の当たりにした。その傷心も癒されないうちに騎士団に連れられ、遥か王都・スタークまでやってきた。そして、言い伝えとの相違による混乱。そんなこれから何がどうなるのかもわからないという中、私は王に言い渡された半日という時間をぐっすりと寝て過ごしていたのだから。皮肉にも、私の頭の中は寝る前よりも随分とスッキリしていた。


「……それで、そんな大所帯でいったい何なのかしら」


 私の目の前にいるのは、王国騎士団の制服を見に纏った武人がずらりと十人ほど。これが勇者に対する対応だと思えるほど私の頭はお花畑ではないが、私にできることはせいぜいそんな威勢を吐くことだけだった。


「メリア・ルージュ。それが貴方の名前ですね?」


 私の言葉に対する返答なのか、ずらりと並ぶ騎士団員たちの中心に立つ男からそんな言葉が発せられた。


「…………ええ、そうよ」

「ライランの民ではなく、ライランへと留学に来たサルーナ王国の貴族の子女だそうで」

「そうね」


 この男の言葉は、すべて真実だ。その言葉に、私は自己紹介の手間が省けたと喜ぶべきか、随分と素性を調べるのが早いのねと褒めるべきか。

 尤も、この男はそんなことを期待していっているわけではないだろうが。


「……ライランの民ではない貴方は、ライランの生き残りとは言えません」


 重々しく発されたその言葉は、子供の屁理屈以下だった。

 私が半日待った結論がこれかと鼻で笑ってやろうかと思った矢先、その男の合図で謎の荷物が部屋に運び込まれてきた。


「ですが、万が一ということもあります。貴方には相応の物資を支給するので、ライランからの生還者という事実は伏せて冒険者として活動していただきたい」

「……」


 なるほど。と私はその言葉で理解してしまった。

 私は、腐っても貴族の娘だ。こういった決断の裏にあるものを想像してしまうのは、ある意味癖ともいえることだった。おそらく今回の場合、民衆の不安を消し去るために勇者の誕生を宣言したいが、それが言い伝えと異なっていては不安の種になってしまう。そこで、どちらかの存在をなかったことにしてしまおうというわけだろう。

 だが、それには問題がある。まずは、どちらを勇者とするのかという問題。どちらが言い伝えによる勇者なのかなど誰にもわからないことなのだが、そこで私がよそ者だということが発覚した。ならばもう一人のあの男こそが勇者であろうという考えは私にも浮かび上がるし、理解もできる。

 しかし、それだけで断定できるほどでもない。騎士団の男は万が一と言ったが、あの言い伝えが全て真実ならば、二分一で私が勇者であるという可能性もあるのだ。だから、私にも勇者としての活動をさせておきたい。

 ところが、ここでまた私がよそ者だということが引っかかってしまう。こっそりと手中に収めておくにはリスクが高すぎるし、サルーナ王国に返してしまうとまたサルーナ王国がメリア・ルージュこそが勇者だと言い出すかもしれない。ならば突き放して勝手にさせてしまおうというのが、彼らの魂胆ということだろう。


 とはいえ、この話は穴だらけだ。私が駄々をこねれば話が進まないし、私を好きに行動させるのにもリスクがある。それでもこの決断を下した彼らのその穴を埋めているものこそが、正義だ。

 私利私欲ではなく、世界のために。民衆が安心できる世界にするために。そのために、私に犠牲になれと言っているわけだ。そしてそうだと素直に頼んでこないのは、異国の民である私に恩を売りたくないという心からというわけだろう。


「……わかりました」

「そうか!では……」


 嬉々としてその物資とやらの説明を始める騎士団の男。

 彼から───いや、彼らからしてみれば私が納得したことに安堵しているところなのだろうが、それは私も同じことだった。

 彼らは大きな勘違いをしている。私の名前はメリア・ルージュ……だった。というのが正しいのだ。私がライランに来た理由は、留学ではない。家から追い出されたからだ。その理由は思い出すのも気が引けることだが、とにかく私とサルーナ王国との間にはもう何の糸も繋がっていないのだ。だから、彼らは私のことをどんなにこき使おうと誰にも非難されることはない。

 そんな私のことを丁重に扱ってくれるというのならば、その言葉に甘んじて私も好きにやらせてもらおう。それに、元より私は勇者というような人間ではない。本来ならばこうしてライランから王都スタークまで一気に旅ができるほど強い身体はしていないのだ。生まれつき身体が弱く、産まれてから二歳ほどまでは常に生死を彷徨っていたほどだった。どう考えても勇者というような人間ではない。


 ……まあ、もしも何かの奇跡でそんな力に覚醒したというのなら、悪い気はしないでもないが。

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