人魔戦争
@YA07
第一章 メリア・ルージュ
第1話 救済の力 1
私が最初に感じたのは、恐怖ではなく激しい嫌悪だった。
昨日まで穏やかに大地を照らしていた陽光は暗雲によって遮られ、無邪気な子供の笑い声が響いていた街中は今や嘆きの音しか奏でていない。
街は火の海と化し、怒号や悲鳴があちこちから聞こえてくる。そんな阿鼻叫喚の中、遥か上空から不敵な笑みを浮かべてこちらを見降ろす存在がいた。
『魔王』
そんなものはおとぎ話だと、誰もが口を揃えて言っていた。
それでもこの伝説が語り継がれてきたのは、偶然か必然か。
到底及ばぬその厄災を前に、私は激しい嫌悪を抱いていたのだった。
この世界には、二つの言い伝えがある。
一つは、いずれ訪れるであろう、古来より封印されし災厄・魔王の復活。
そしてもう一つは、魔王を討つ者・勇者が、魔王による最初の被害地の唯一生き残った人であるという言い伝えだ。
結論から言うと、この言い伝えは半分だけ正しかった。
魔王。半月前に姿を現したその存在は今やこの世界に生きる人すべてを恐怖に陥れている存在となり、世界中に混乱を招いていた。
そして言い伝えが半分だけ正しかったということは、もう半分は正しくなかったということになる。言い伝えの、魔王の復活ではない方。つまり、勇者が魔王による最初の被害地の唯一の生き残りであるという言い伝えだ。
なぜこれが正しくなかったと言えるのかは至って単純で、魔王による最初の被害地───つまりクルスタ王国にあるライランという街の生き残りが、二人いたからだ。
「───して、その生き残りというのがこの二人ということじゃな?」
大層ご立派な髭を生やした老人が、私と私の隣に立つ男の目を見ながらそう口を開いた。
彼はオルガナ・クルーシュというクルスタ王国を治める王であり、本来ならば私のような一般市民が謁見できるような人ではないお方だ。
「はい。件の言い伝えによりますと、唯一の生き残りというのが勇者であるはずなのですが……」
王に説明するように口を開いたのは、私の後方で控えている王国騎士団の団長だ。
ライランから私たちを救出したのも彼らの騎士団で、ここに来るまでの短い間だがお世話になった人でもある。
「……うむ。だとすると言い伝えが間違っていたのか……」
「それはあり得ませぬ!」
王の言葉を遮って叫んだのは、騎士団長の隣に立つご老人であった。
その人が何者なのか私にはわからなかったが、王の言葉を遮ってもギロリと睨まれる程度で済む立場の人であることだけは確かだ。
「……申し訳ない。しかし、言い伝えに間違いがあるという可能性はありませぬ故」
「そうか。お前がそういうのならそうなのだろうな」
王もその言葉を受け、ご老人の言葉を素直に呑み込んだ。どうやらこのご老人は王からの信頼も厚く、そうと言い切れるほどの知識も持ち合わせているらしい。
「しかし、そうなるとなぜ二人も生き残りがいたのか……その説明はつくのか?」
「……いえ。私にはそこまでは……」
王から視線を受け、身を縮こめるご老人。
そんな彼らのやり取りを見て、私の横に立つもう一人の生き残りが静かに手を上げた。
「……一つ。よろしいでしょうか」
「なんじゃ?言うてみよ」
「言い伝えは、『勇者が、魔王による最初の被害地の唯一生き残った人である』というものですよね?」
「うむ」
王の返事を聞くと、その男は私の方をちらりと窺ってから言葉を続けた。
「それが間違っていないとなると、やはり唯一生き残った人は存在します。それはつまり……この女が人ではないということではないでしょうか?」
「──!?」
その男の言葉を聞いて、私たちを取り囲む人々は分かりやすく息をのんだ。
そして、私へと一斉に視線が寄せられる。
「……どうなんだよ?」
視線を浴びても黙っている私を急かすように、その男が私の瞳を覗き込んだ。
その顔にはやたらと自信にあふれた表情を浮かべており、まるで私が人ではないと本気で思いこんでいるようだった。
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
にやけ顔を浮かべるその男の目からは、私に対する侮辱の色が浮かんでいた。
その瞳に誘発されるように怒りが込み上げてきた私は、応戦するように言葉を返した。
「素晴らしい発想力ね。とても人間の私では思いつかなかったわ」
「……なんだと?」
どうやら馬鹿でも嫌味は伝わるらしい。私の言葉を聞いたその男は、唇を嚙みしめながらこちらを睨みつけてきた。
「俺は人間だ」
……なんて間抜けな宣言なのだろうか。こんな男と隣り合わせにされていると思うと、俄然釈然としない気持ちが湧いてきた。
「あっそ。じゃあその証明は?」
「……」
「できないんでしょ?私も同じよ。だからあなたが持ち出した話は無駄なの。少しは考えてから喋りなさいよ」
「んだと!?」
挑発する私の言葉に食って掛かるその男。
どうやら王の前だということも忘れるほど怒り狂っているようだ。きっと、単細胞というのはこういう輩のためにある言葉なのだろう。
「静粛に!国王陛下の前であるぞ!」
そんな私の思いとリンクするように、騎士団長が叫んだ。
その声で男も我に返ったのか、叱られた子犬のように元の位置に戻ってしゅんと身を縮こませてしまった。
「……とにかく、我々が確認できた限りではこの二名がライランの生存者でした。本来なら勇者として出迎える手筈でしたが……どういたしましょうか?」
騎士団長の言葉に、王は目を瞑った。
そして、数秒の沈黙の後にその目を開く。
「半日待たれよ。それまでに結論を出そう」
……いや、私の意思は?
なんて疑問が思い浮かんだが、当然それは口に出せるものではなかったのだった。
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