第3話 ぼくはにんげんでもいい。
ある日、『先生』と再会した。たまたま、駅のホームで見かけて、声をかけた。
「先生、お久しぶりです」
「みずきじゃん!わー久しぶり!元気だった?絵、やめてない?」
「はい。最近は、勉強が忙しくてあまり描けていないんですけど……」
そうなんだ、と微笑みながら先生は言った。
「先生は?恋人を作るのが高校での目標でしたよね?」
「あれは過去の戯言だよ。他人の黒歴史なんて、掘り起こすんじゃありません!」
思わず笑ってしまう。
「君の方はどうなのさ。恋人の1人や2人くらいいるんだろ〜?」
「先生。日本は一夫一妻制ですよ」
「比喩だよ、比喩。さぞかしモテモテなんでしょうねえ……ドキドキワクワクの青春を楽しんでいるんだろうねえ……」
『人間じゃないからわかんないんだよ』
心が軋んだ。ドキドキなんて、わからない。"Love"以外の『好き』を認めないなら、青春なんてクソ喰らえだ。僕の知っている青春は友達と楽しく賑やかに時にぶつかり合いながら切磋琢磨していく……そんな青春なのに。
「僕は、モテたくないんです」
僕の声の調子で緊迫していることがわかったらしい。先生は、調子を合わせて訊いた。
「なんで?」
「わからないんです。ドキドキもキュンキュンも。今までも"Love"がわからなくて。求める理由すらもわからなくて。唯一認められる『好き』なのに、それを躊躇う理由とかも全然わからなくて。
そもそも僕は、人間じゃない、らしいので……」
「みずきは人間だよ」
先生はケロリと言ってのけた。
「みずきは人間だよ。誰よりも人間だよ。欲望に忠実で、感性も豊かで、誰よりも人間だよ。『好き』がわからないからなんだ。世界の『好き』の基準が人間だと思ってる人が少し多いだけじゃんか。もしその『好き』が"Love"以外だったら?もしそれが絵だったら?本だったら?みずき以外の奴らは皆、人間じゃなくなるのかよ」
「先生……」
「かく言う私も絵とゲームには目がないからねぇ……そのふたつが滅ばない限りは、私は恋人ができなくても人生を歩んでいける自信があるよ」
胸を張ってそう言う先生が眩しかった。先生の、言葉は、凄い。先生は画家だけじゃなくて、作家にもなれると思う。
いつだかそう言ったら、「作家はみずきの方が向いてるよ。私は漢字のお勉強から始めないといけないから」と言っていたけれど。
「別に"Love"が全ての感情を示す表現なわけじゃないんだから。あまり思い詰めるなよ、みずき」
「そんな思い詰めてないです」
「だろうな」
先生は笑った。泣き出しそうになる。嬉しいのだ。この慈雨のような言葉が。
「先生は作家になれますよ」
「だから、無理だって。小学生の時の私の漢字のテストの点数知ってる?10点だよ?」
「知ってます。隣の席だったので」
「お前は10倍取ってたよな……」
『まもなく、2番線に電車が停車します』
アナウンスが聞こえた。
「じゃあ、先生。これから塾なので。さようなら」
「小学生かよ。じゃあまたなー」
先生の言葉はいつも心を軽くさせる。凄い人だ、と毎度思う。
僕は、人間でもいいんだ。
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