第9話

「切腹と言えば……お前は切腹の作法を知っているか?」


「さぁ……ただ腹を切るだけでは無いのかい?」


「いや、まぁ平たく言えばそうなのだろうが、かつては真一文字に横に斬るだけでなく、さらに縦にも斬る十文字というやり方もあったそうだ。さらにはその上で自ら臓腑を取り出すだの、臓腑を斬り乱すだのとも言われることがあるが、実際にはそこまでできるものでも無かろう?」


「そりゃあそうだ、考えただけで恐ろしい」


甲斎の言葉に再び彦衛門は自分の腹を抑えながら首を振ると、甲斎は頷き、


「それに切腹というのは打首うちくびなどと違い武士の名誉を守りつつの死罪、自害するということそのものよりも形式の方に重きが置かれる『型』のようなものだ。ゆえに今では実際に斬らずとも刃先を腹に当てるだけであったり、刀では無く扇子せんすにて斬る真似事をするだけでも良しとされているそうだ」


と説明を添えた。


「ふぅーん……では去年に田沼様の御子息の意知おきとも様を斬った下手人げしゅにん佐野政言さのまさことは切腹ということだったが、実際には切っていないのかも知れないということか」


「或いはそうかも知れぬな。……そう……田沼様と言えば、実は先日密かに私のもとへお出でなされてな……」


甲斎が眉間に深い皺を寄せながら、重い口ぶりに変わり何事かを告げようとしたその時。


「彦衛門様!!」


血相を変えた女中が部屋へと駆け込み、彦衛門に向かって床に頭を擦り付けた。


「どうした、騒々しい。客人の前にて無礼だぞ」


彦衛門が叱るも、


「申し訳御座いません……!奉行所のお侍様が彦衛門様をお呼び致すようにと同心を引き連れてお出ででして……!!」


との女中の悲鳴のような訴えに続き、


「安藤彦衛門!!城の金子きんすふところに隠し収めたる罪にて御用なるぞ!!」


遠くから響き渡った怒声と、庭を近付いてくる複数の駆ける足音に、見る間に血の気が引き、手にしていた猪口ちょこを取り落し、たたみに広がる染みを甲斎が苦々しげに見詰めた。






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