第7話

四半刻しはんこく程が過ぎ、甲斎の皿の上には、とても箸で施術したとは思えぬような、見事なまでに細かく解体された秋刀魚の身体部位が整然と並べられ、その解体手順や各部名称、人間との差異などを聞かされすっかり疲れ果てた様子の彦衛門は、ため息交じりに女中を呼ぶと酒を持ってくるよう言いつけた。


「で、急所の話はどこへ行ったんだい?」


運ばれてきた酒を手酌であおり甲斎にも勧めるが、甲斎はそれを断りつつ、


「そうだな。まずは何よりやはり脳天だ。秋刀魚のものでは小さ過ぎるし人間のものともまるで違うので説明し難いが、脳にも色々と部位があってな。損傷しても死なぬ部位などもあるようなのだが、しかし経験的に知られる通り、眉間やこめかみから貫かれれば瞬時に絶命すると玄白先生もおっしゃっていた」


と、米粒程の秋刀魚の脳を箸の先につまみ、口に運んだ。


「それから心臓。心臓を斬られれば全身に回る血が止まり、脳への血流が止まると意識は失われ、直ちに死に至るのだそうだ。そして首。まぁ首をねれば当然生きてはおられぬな。心臓の時と同様、脳へ血が巡ることも無くなる上に、身体の痛みなどの感覚を脳に伝える神経が丸ごと断ち切られるゆえ、直ちに意識も失われ痛みを感じる間も無いそうだよ。

ただしやすく首を刎ねるなどと言うが、この頚椎けいついという骨はかなり固くてな、素人が斬り付けた程度では切断どころか刀の方がこぼれしてしまい、斬られた方もただただ激痛が走るだけで死ぬこともできぬそうだ。

つまり首を刎ねるとは、頚椎と頚椎の間の僅かな隙間を見切り、寸分違すんぶんたがわず一刀のもとに瞬時に両断するという、卓越した剣の腕が必要となるようだな」


心臓を味わい箸先で頚椎を切断する甲斎に、相槌あいずちを打ちながらも苦笑の絶えぬ彦衛門であったが、


「あれ?それだけかい?」


それ以上の説明を止め、すっかり冷めてしまった椀を手に取り静かに口に含み始めた甲斎に尋ねた。






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