第6話

「で、わかったのかい?その、本当の急所なるものは」


彦衛門が老中・田沼意次に勘定方として引き抜かれたのは七年前のこと。


それからは心身共にすっかり剣の道から離れてしまい、時折庭先で運動がてらに木刀を振るう程度であった彼にとっては、もはや知ってどうなる話でも無く、塩焼きの秋刀魚サンマに頭からかぶりつき舌鼓したつづみを打ちながら尋ねるが、


「そうだな……流石に生きた人間を斬りながら確かめるようなことはできなかったが、医術的見地からそれを確信するには至った。ちょうどいい、わたも残ったままだ、この秋刀魚を用いて説明しようか」


という甲斎の言葉に思わず喉を詰まらせそうになった。


「食べ物でそういう話はよしてくれよ」


苦笑う彦衛門に、


「人間の体で詳細に説明する方がよほど食欲を削がれるであろう。まぁそんな食べ方で美味しく味わってるんだ、今さら何ということもあるまい。いいか、まず人間の体を解剖する際には、死体を仰向けに寝かし、左右の鎖骨の間の辺りから一直線に下腹部まで、皮膚と、その下で臓腑ぞうふを包んでいる腹膜とを切り裂く。つまり、こうだ」


と、甲斎は秋刀魚の腹を箸でたくみに切り開き、その中に収められているわたを全く傷付けること無くさらして見せた。


「いや、充分食い気を削がれるって」


思わず食べかけの秋刀魚を皿に戻す彦衛門だったが、気に留めることも無く、甲斎は杉田玄白のもとで学んだ解剖術の全てを余す所無く語り尽くした。






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